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第143話
シンガポール ハイ 40
「ヒロシさん、どこ行ってたの?急に姿が見えなくなって、僕たちここで待ってようって」
テーブルの上にはビールの大瓶が置かれていた。杏果の前のグラスに、注いであった冷たいビールを一気に喉に流すと、下半身の疼きが少し楽になったような気がした。
「 アラブ街でビール飲めるんだな 」
「観光客にはアルコール出しますよ」
と朝霞さんの答えが遠くで聞こえた。
俊が何軒か先の店から出てくるのが見えた。朝霞さんが声をかけると早足でやってくる。
「 どこにいたの? 」
と聞かれても答えられるわけもないけど、ホテルに続き無視することは今度はできない。
動かない頭を振り絞って、
「 トイレに 」
と小さく答えた。
俊は怪訝な顔をしながら、
そうですかと言って矛を収めてくれた。
「彼女たちは?」
と朝霞さんが聞くと、
「そこの香水屋まで付き合ったけど、店員がイタリア語わかったみたいで置いてきた、アンドレイもやってきて話し始めたからもういいだろ」
アンドレイという言葉に下半身が反応しそうになった。慌ててグラスにビールを注ぐけど手が震えてなかなかうまくいかない。俊が俺の手を握りながらビール瓶を代わりに持って注いでくれた。自分の前のグラスにも注ぐと、空になったビール瓶を上げて奥の店員に注文する。
「 この暑さじゃ、いくらでも入りますね 」
「 ビールばっかりじゃ腹が膨れる、今夜は何にするか 」
「 イタ飯にでもしますか 」
何も喋らずひたすらグラスを傾ける俺を心配そうに杏果が覗き込む。
「 ヒロシさん、大丈夫? 」
飲み過ぎ?紅潮した顔?震える手?
何に心配されたかもわからなくなった俺はそれでも大丈夫と頷いた。
「 邪魔が入らないうちに移動しよう 」
という俊の言葉で、店を後にし大通りに出てタクシーを捕まえる。
酔ってフラフラしていた身体を俊にもたれるように預けてタクシーの座席に座ったらもうまぶたは開かなかった。
肩を担がれなんとか足を進めている。長い距離を歩いたようだけど、
はっきりしない頭。
涼しくなった空気、
チンという音。
「 ヒロシさんの様子を見て、連絡してください 」
という声がおぼろに耳に届く。
ドアを開ける音がする。
程よいスプリングの床に横たわり、また瞼が重たくなる。そのまま俺はまた意識を手放した。
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