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第175話
あの頃の気持ちに (ジュンヤ) その29
相変わらず細身のスーツ。上着だけは脱いで、今夜はやけに光るシャツを着てるんだな
気にくわない……俺がくると思ってない時に?
濃いブルーの滑るよう生地のシワのよりかただけでその下のラインが透けて見えるようだ。チーフだけポケットに無造作に入れ、ノーネクタイの姿はまるで情事の後のように見えるのは俺だけか。
神崎さんが選んだ席は、俺からはジュンヤがすべて見えるがステージからは見えにくい席。あの神崎さんは、割と勘が良さそうなのが引っかかる。
……なんだ俺は、あちこちに嫉妬しまくるメス猫みたいだ。
メンバーがポジションに着くと
「 今夜は月がフルムーンそれもスーパームーン……明るい夜道には暴漢も出ませんからたっぷり飲んでたっぷり聴いていってください 」
気のせいかジュンヤの声が掠れているか?
「 最初は、Waters of March
3月の雨 」
まだ酔いの浅い軽い笑いの中、ゆっくりとした拍手。
掠れた声の理由を考えると、わけもなくグラスを持つ手に力が入る。
最初がボサノヴァから?
気怠い表情のジュンヤの選曲にまでジリジリしてくる自分に嗤える。
渋谷君が持ってきたストレートのバーボンとチェイサーがわりのクラブソーダを口の中でも合わせると、バーボンの芳香がふわりと広がる。
やや、気をとりなおして一息つくとステージのジュンヤと目があった。
見えにくいと思っていたのに?誰かを探してるのか?
間奏の間に俺を見つけたジュンヤは少し眼を見張ると、視線を外しこともあろうか俺の1つ前の席の女性に笑いかけやがった。笑いかけたのが女性だった事にオレの気分もげんきんなもので上がってきた。
単語が続く詩的な歌詞のボサノヴァ。前は女性のヴォーカルが入るのが心地よかった曲だが、今夜は気になる男の吹いてるサックスに集中できて、ない方がいいと感じるのが不思議だ。
「 Up Jumped Spring 」
もうすぐ桜も咲きだすな、ジュンヤを花見にでも連れて行こうかと思いながら、そうだ京都がいいなと頭の中にはすっかり計画が出来上がっている。
例の白川沿いのカウンター割烹で美味いもんでも食わせてやろう。一緒に暮らしていた頃は仕事柄、春は特に忙しくて旅行になんて行ってなかったから……
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