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第176話
あの頃の気持ちに (ジュンヤ) その30
二曲目が終わる頃俺の横に誰かがやってきた気配がした。
菅山にしては早いなと見上げるとさっきのあの子が立っていた。
「 相席いいですか 」
いいわけなどないが、悪目立ちするのも大人気ないのでわざと鷹揚に頷いた。ジュンヤもメンドウナ子と言っていたし、何の用があるのか聞くのも悪くないだろう。
「 何を飲む?」
と聞くと生意気に同じものでと言うから心配げに近づいてきた渋谷君に
「 彼にメーカーズマークのストレートとクラブソーダを 」
とオーダーをかけた。
「 バーボンだが 」
と言うと小さく頷くのがまだ幼い感じがする。いくつくらいだ?
ジュンヤの曲を紹介する声と目の前の彼の声が重なってどちらの言ったことも把握できなかった俺が、え?と聞き返すと、目の前の彼はもう一度その言葉を繰り返した。
「 僕を抱いてみない?」
「 ……抱くって、君は男だろ?」
思わず間抜けな返事しかできない自分に舌打ちが出る。
まさか、俺がジュンヤと寝たのを知ってるのか?
「 男でも寝れるんでしょ。
でもまだ慣れてない 」
俺の顔をまっすぐ見ながら台詞は続いた。
「 ジュンヤはセックスが好きだけどね、飽きるのも早いよ。
色々教えてあげるよ、ジュンヤの好きなやり方 」
ジュンヤのサックスの音が耳に何か挟まったように遠く聞こえた。
「 悪いが 」
と言った俺の言葉を遮るように、
「 僕は小森 潤 」.
幼い面差しに妖艶な眼差しをしたこの子はジュンヤの言うように確かにメンドウクサイ……
黙ってる俺に飽いたのか、三曲めが終わって拍手を受けてるジュンヤを見つめている眼はどこか寂しげに見えた。
ああ、この子の右目には泣きぼくろがあるんだな、そのせいで寂しげに見えるのか。
バーボンを飲み干して、チェイサーに口をつける。メーカーズマーク独特のバニラとココナッツの香りがさっきより甘く感じられ、思わず顔をしかめた。
「 じゅんという名、どんな字を書くんだ?」
急に声をかけた俺に驚くように振り返る。
「 さんずいの潤……」
「 あいつの、ジュンヤの漢字は知ってるのか?」
「 教えてくれないよ、カタカナだからって 」
「 そうか 」
子どもっぽいその物言い……俺は子守か。
妙に悲しそうに言うその言葉を振り払うように俺は酒の注文をするために手を軽く挙げた。
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