5 / 7

本気の男

 「広いお風呂に入りたい」という西くんの希望で訪れた新しめのファッションホテルの一室。  ほろ酔いハイテンションの西くんに「一緒にお風呂~!」とゴネられ、そんな西くんを北山くんが諌めて私一人で広い湯船に浸かる。 「広いお風呂最高だな~!」  わざと声に出して言ってみる。少し緊張が解ける気がする。北山くんは私が西くんと絡むのも気にせずやっちゃていいとは言ったけど、片想い…しかもBL! の人を相手にそんなん出来ない!! 私は全力で北山くんを応援したい!  なのに鈍感ヤリチン西と来たら、そんな私達の胸中も知らずに私に絡む、絡む。終いには「南さん、マジで好みなんですよ。先週彼女と別れちゃって、寂しくて…。だから俺と付き合って」なんて言い出す始末。  なんて事言うんだ、このバカ! と思うと同時に、彼女だという意識がちゃんとあったことに驚いた。貞操観念ゼロの浮気野郎だけど、それなりに彼女の事は特別だったのか。  北山くんが言う通りの高校生だったとしたら、今はどうかしちゃってるだけで本質は違うのかも知れない。だとしたら北山くんと付き合って欲しい。腐女子願望というか習性もあるけれど、残りの部分では西くんの穴を埋められるのは北山くんなんじゃないかと本気で思う。  心の穴だけじゃなくて、身体の穴も埋めちゃうしね!  上手いこと言った!  …真剣に考え事していても割り込んでくるこの下ネタ腐女子思考どうにかならないかな、と自分の浅はかさに凹む。 「よし」と覚悟を決めてお風呂から上がる。室内からは磨りガラスごしにぼんやりと人影が見えるようになっていて、当然のように脱衣場はない造りなので入った時は浴室から服だけ投げ出した。裸のまま出ていく勇気はなくて、今度も扉を開けたままバスローブと下着だけ出して浴室で着る。  お風呂から出てると北山くんだけがソファに座ってタバコを吸っている。 「タバコ吸うんだね」  意外に思って聞くと、すみませんと火を消そうとするので、平気だからと引き留めた。 「普段は吸わないんですけど緊張しちゃって」  そう言いながらタバコを吸う姿が様になってる。世の中に禁煙ブームだけれど、タバコを吸う仕草も残り香もとても官能的で私は好きだった。  まさかこんな所で拝めるなんて。ありがとう北山くん。心の中で今日何度目になるか知れない感謝を捧げる。 「西くんは?」  気を取り直して聞くと意味ありげに「トイレです」と答える。 「色々用意して来たので、準備してもらわないと」  指し示す先には、アナルローション、コンドーム、それからパッケージに入ったままのアナルパールまである。そして…、あぁ、お察しってやつだ…とゴミ箱に捨てられた浣腸の容器を見る。  北山くん、本気だ! 本気で今日喰っちゃう気でいる…!!  興奮のあまりどうにかなりそうだ。  そしてはたと、あの浣腸はどうやって使ったんだろうと気になった。  1、北山くんの目の前で自分で入れた。  2、北山くんが入れた。  どう考えてもこの二択しかない。  そんっっっな楽し気な事がお風呂に入ってる隙に行われてたなんて!! 北山くんに気を使って二人の時間なんて思わず覗けば良かった!! 一生の不覚!  後悔しているとガチャリとトイレのドアが開き、やややつれた顔の西くんが出てくる。 「できた? じゃあ、お風呂行こうか」  とんでもなく攻め顔の北山くんが笑顔で優しく言った。 「南さんっ、お風呂上りの南さんを補給させてぇ~」  私を見つけると半泣きの西くんが情けなく甘えて抱きつこうとやって来る。 「良いの西、トイレの後だよ?」  意地悪く北山くんが言うとピタリと止まった。 「…お風呂行って来ます」  しゅんとした西くんに笑顔で北山くんが続ける。 「身体洗ってあげるよ」 「いや、もういいって! 身体くらい自分で洗えるから」  怯えたように慌てて拒否をする西くん。 「でもほら、もうちょっと準備が…」  有無を言わさず、ローションのボトルを持ち上げる北山くん。 「準備なら南さんがいいっ」  駄々をこねる西くん。 「へぇ、いいんだ?」  トイレの方をちらりと見て北山くんが言うと、観念した西くんが不貞腐れて「北山でいい」とお風呂に向かう。  二人が浴室に入ったのを確認して、バタリとソファに倒れて手足をバタバタして悶える。  何、あの二人!  西くんめっっちゃ可愛くなってるんだけど!  北山くん、雄全開なんだけど!  どうすれば…、どうすればいいの!! BLの神様、私はどうすれば良いんですか!?  取り乱して暴れ、はっとしてスマホを取り出した。とりあえず、何処かにぶちまけないとどうにかなってしまいそうだ。  ツイッターの画面を開き一瞬何を書こうか、何なら言えるのかを悩んで簡潔に今の状況だけを呟く。 『リアルBLなう』  続けて何を…と思った所で、浴室から抑えた叫び声のようなものが聞こえた。浴室の磨りガラスを見ると、座っているらしき一つの大きな影が見える。そう、一つの…。  何をしているかが想像出来て再び心の中で雄叫びを上げる。浴室からは何かを言う北山くんの声と、嫌がっているらしき西くんの声、それから抑えた呻き声のようなもの。  すりガラスをものともせずに腐女子の経験豊富な想像力全開で、全体像を見つめる。  …私、今日、死ぬかもしれない…。

ともだちにシェアしよう!