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第2話

「おはようございます!  ご迷惑をお掛けしました!!」 一週間ぶりの出社。 まずは部長に挨拶にいく。 「なーに、気にするな!生理休暇はこの時代  当たり前の権利だ」 「あー!部長それセクハラ発言っすよ!」 「そうなのか?!ほんっと面倒な世の中に  なったよなぁ…でも叶、ホント気にするな!  でも、長引かなくて良かったよ。  お前が居るとムサイ野郎ばかりのオフィスも  潤いが出る気がする」 「ぶちょー、それもギリギリアウトっす」 「ほんと、お前はうるさいなっ」 ギャンギャン言い合う部長と生田に苦笑するものの、その気遣いが嬉しい。 あ… 『杉下 (ほまれ)』くん… おはようございますとオフィスに入って来た。 「あー、そうだそうだ。今各営業部に新人が  一人ずつ配属されてうちにはそこの杉下が  配属された。  先週は生田が指導に入ったが、叶も今週  何日か同行入れてやってくれないか?」 「え?あ、はい!」 突然のことにテンパり声が大きくなる 「はは、心配するな。無愛想そうだが、  そうでもないみないだぞ」 「飲み込みも早いし、大体説明は終わって  ます。  叶さんの担当のヘルプ付かせるのも良いかと  思うんですがどうっすかね?」 「あ、いきなりヘルプは…。うん、分かった。  そしたらとりあえず同行スケジュール出すよ。  今週2〜3日くらいでもいいかな?」 「十分す!杉下喜べっ、叶さんは優しそうに  見えて、本当に優しいけど、仕事も  きっちり(こなせ)る頼もしい先輩なんだぞ!  なんせうちの営業部全体でも売上は  トップクラスだ」 色々教えてもらえよっ!とバンバン杉下くんの背中を生田が叩く。 そんな生田を部長がお前も頑張れよっとツッコミをいれた。 運命はこんなサプライズもプレゼントしてくれるんだ…僕はトイレの洗面所でポーッとしてる自分の顔をまじまじと見る。 「あ」 声に反応して入って来た人を見ると杉下くんだった。 「あ、杉下くん。同行の日は帰りが定時と行かないけど大丈夫かな?」 杉下くんの眉間に皺が寄る。 良い顔してる人はどんな表情もイケてる。 杉下くんは運命の番って事を差し引いてもかなりのイケメン。 Ωは勿論だけどβにもまず少ない恵まれた体躯をしている。 筋肉がとかはスーツの上からなんて分からないけど、スーツもよく似合うモデルの様な体型だった。 「なるべく早く終われるように気を付けるけど  営業は定時って中々難しいから」 あんまり見つめ過ぎたら物欲しそうだと思われそうだし気を付け様と目線を外し席き戻ろうとすれ違いながら彼に伝える。 そんな僕の腕を杉下くんが掴んだ。 やだ!このスーツ洗えない!! 咄嗟に乙女チックな事を考えた僕の頭に冷水をかける様に杉下くんが言った。 「俺は枕営業に付き合う為に入社したわけじゃない!」 ………。 はあ?! どうやらその心の声は口に出ていたらしい。 眉間に皺寄せて僕に噛み付いて来た杉下くんに僕は噛み付いていた。 「あのね、君。2次性で悩んでる多感な中高生  ならともかく、今のは社会に出て企業に勤め  てる責任ある大人のセリフじゃないよ」 普通だったら振り払う腕。 でも、どれだけ腹が立ってもその手を振り払う事は出来なかった。 「僕はお客様に自社の製品と誠意を売っても  体は売った事はないよ。  大手の企業には未だにそんな部署もあるって  聞いた事はあるけど、うちはホワイト企業  だ。君、うちの会社の何を見て就職したの?  今からでも遅くないから大手にいけば?」 我ながら辛辣な。 彼の僕を掴む手が外れた。 杉下くんは戸惑いの色を浮かべた顔はしているが何も言わない。 僕はそのまま踵を返しトイレを出た。 なになになに、アレ! 腹が立って仕方がない僕は泣きそうになるのをグッと我慢しオフィスにもどる バンッ 「あ、すいません」 下を見て歩いていた為人にぶつかってしまった。 「幸人?ごめっ、大丈夫だったか?」 「あ、晴翔。うん、ごめん。前見てなくて」 「急いでても気をつけないとダメだぞ〜  …お前、どうした?」 「先輩っ」 「杉下?」 「あ…水嶋主任、おはようございます」 「ああ、おはよう」 僕を挟んだ頭上で挨拶が交わされる。 「杉下、こいつに用か?急ぎじゃなかったら  少し借りて行くぞ」 「ぇ?晴翔?!ちょっ…」 俺は肩を抱く様に晴翔に連れて行かれる。 杉下くんの顔を見ようと思ったけど晴翔に強く抱き込まれた為それは叶わなかった。 「晴翔、何?離して」 折角杉下くんの匂いが付いたスーツが今や晴翔臭しかしない…泣きそう。 「お前、アイツとなにかあったんじゃねーのか?」 「あ、うん。枕営業には同行出来ませんとか言われたから、今からでも遅くないから会社辞めて他所行けばって言ったんだ」 「お前…そんな事してるのか!?」 うわ、いきなり大声出さないで耳が痛いよ… 「違うよ」 僕は思い出したら又涙が出そうになったけど事の経緯を晴翔に話した。 「はぁ…お前さ、俺に対して言葉少な過ぎ」 「でも結局一から話してるから晴翔に話す  言葉が一番多いよ」 僕の話を聞いた晴翔は僕の隣で脱力していたけど、上司が言い逃げしたら部下はどうして良いか分からなくなるからきちんとフォローしてやれって言って、僕には缶コーヒーのフォローをしてくれた。 今は貰ったコーヒーをにぎにぎしながらデスクでパソコンと睨めっこしている。 スケジュールの組み合わせを検討してた。 世の中Ωをバカにする人は多いけど、意外とαの高圧的な態度も嫌いという人もいて、そう言う人達に僕は受けが良かった。 「叶さん、叶…さん?」 はっ、僕?! 「あ、、、」 顔を上げると杉下くんが立っていた。 僕の手元をじっと見る。 「なに?」 フォローしなくちゃいけないのに、運命のαの色香に当てられない様にしようと思う緊張もあり冷たい声が出てしまった。 「あの…コーヒーを、と思ったんですけど…  叶さんコーヒー好きかと思って」 とαに有るまじき消極的な姿勢で杉下くんは紙袋を差し出した。 「あ!それっ、美味しい珈琲専門店のだ」 びっくりした。 先輩って朝は呼んでもらってたと思うけど、やっぱり先輩と呼ぶのも嫌になったのかな… 少し寂しくも思ったけど僕は間違ってないし、そこは折れる気はなかった。 そしてそんな僕はまんまとコーヒーに釣られた。 コーヒーに罪は無いと受け取ろうとしたら昼飯食べながら飲みましょうと食堂に誘われた。 うちの会社はビュッフェ形式でお昼の時間だけ大会議室が食堂になる。美味しいし、ワンコインからなんだけどお弁当なら近くのスーパーで290円からあるからいつも朝スーパーで寄ってから会社に来ている。 お弁当があるから…と伝えると中庭に誘われた。 杉下くんはコンビニでカツ丼とおにぎり2つとプリンも買っていた。 頂きますとお互いに手を合わせて食べ始め。 「「………」」 気まずい…やっぱり僕から謝るべきなのかな? スゴイ盛り盛り食べてる杉下くんが意外で可愛い。 「?」 カツ丼の後におにぎり2個も勢いが衰えることのないペースで平らげて、今はプリンを無表情で食べてる杉下くんを可愛く思えて仕方ない僕は運命という名に縛られるだけだろうか? 「あ、すいません。コーヒーだしますね! えっと、ミルク二つで足りますか?砂糖は  一つでしたっけ。でも、念の為に両方とも  3つずつ貰ってきましたから」 ぇ… 「あ、覚えていませんか?俺、この店で  バイトしてたんですけど、その時叶先輩と  一度会ってるんです」 わ、忘れるわけないでしょっ!! 言い掛けて辞める。 これで運命とか言うのは重いと言うのは自分でも分かるから。 「この会社に就職が決まって、研修に参加し  なくちゃいけなくなって、その後はバイトに  出れなくなっちゃったんですよ」 知ってるよ。 僕もあの後あの店に行ったから。 マスターに君が内定貰った企業研修に行かなくちゃ行けなくて店は辞めたと聞いてかなり凹んだんだ。 それなのに、君は又僕の前に現れた。 まさかうちの会社に内定していただなんて。 杉下くんはカップの蓋を取り砂糖とミルクを入れてかき混ぜると又蓋をしめて渡してくれる。 「杉下くんて兄弟いる?」 「あ、少し歳の離れた弟が一人」 だからか…面倒見が良いはずだ。 「あの、さっきはすいませんでした。  俺、かなり失礼なこと言ったって反省して  ます。 「いいよ。僕ももう気にしてないよ。  他所ではそう言う事も有るのも事実だし、  実際に誘われた事はあるし…」 「え?」 「やってはないよ。そう言う会社はあるから  飛び込みとかすると声は掛けらる事はあるっ  て事。でも既存のお客様からは有難い事に、  うちの商品はそんな事しなくてもちゃんと  製品で勝てるし、部長がそんな駆け引きする  ような企業と付き合う必要は無いと言ってく  れる人だから…」 「…すいません。俺んち、父親が会社やってる  んですが、Ωを道具にしか見てない様な  人で、高校の途中からうちを継ぐ気は無いっ  て飛び出してるんで…そう言う事を言うαも  それを利用するΩもキ…好きになれなくて」 Ωがキライなのか…言葉を選ぶ杉下くんを察した。 あ、だからうちに就職したのか…きっと優しい良い子なんだろうな。 「だったら良い会社に就職したね。  頑張れば頑張った分正当な評価をしてくれる  本当にうちは良い会社だよ」 緩くなっても美味しいコーヒーをちびちび飲む。 誤解も解けて少し和んだ空気が心地良かったけど昼休みももう少しで終わる。 「あ、杉下くん」 「はい!」 少し緊張したように杉下くんが返事をする。 「クスッ…すいません、じゃなくて『すみません』ね」 笑って席を立った。

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