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第3話 ★杉下誉side→

新入社員歓迎会で身に覚えのある香りに出会った。 研修前にバイト先で出会ったΩ。 就職活動中の学生にしてはスーツをキチンと着こなしている男性だった。 線が細く全体的に色素が薄く感じるその男は綺麗な顔立ちで、如何にもαに好まれそうな『上玉』だった。 少し緊張した面持ちでコーヒーを選んでいた男はやや落ち着きがない。 いつもは俺目当てのΩが甘い匂いを撒き散らし居座ろうとするから最低限の接客しかしない俺はその香りをもう少し側で感じたくてコーヒーのアドバイスに入った。 その男は自分じゃ選べないからと俺のお勧めを聞いて来た。 普段ならウゼェとしか思わないのに、支配欲に背筋が(ザワ)ついた。 俺が選んだものをその体に流し込みたい…αだからとかではなく、それは俺の性癖。 お客が帰った後でマスターに年上が好みだったのか?それにしても中々の美人さんだからもう相手いそうだけどねと言われ、「そんなんじゃねーよ」と思いながらも名前くらい聞いとけば良かったと凹む自分に気付いた。 そう思える程、あの男性の香りは俺の鼻腔と心をついた。 まぁ、テイクアウトもしたし、なんとなく会えるだろうと思っていた。 でも直ぐに今の会社に内定が決まり、入社前研修の所為でバイトを辞めざるを得なくなりそのまま『彼』とは会えずに終わった。 その『彼』が今、自分の目の前に居る。 ただ、受けた印象とかなり違って戸惑いもある。 あの時はもっと可憐と言うか、可愛げがあった。 今は…まぁ、先輩という事もあるだろうけど、クールと言うか、なんか…キツイ? 俺、なんかしたか? いや、失礼なこと言ってしまったけど… やっぱり、あの言い方は…ヤバいか。 ここは大企業ではないが、俺が第一希望で入りたかった会社だ。 明日から出てくるなと言われたら困る。 まぁ、同じ様な事をさっき言われたんだけど… 「あーっ、くそぅ!!」 頭をガシガシ仕掛け、髪をワックスで固めていた事を思い出し、舌打ちして叶先輩を追いかけた。 「先輩っ」 「杉下?」 叶さんは水嶋主任と一緒にいた。 「あ…水嶋主任、おはようございます」 「ああ、おはよう」 「杉下、こいつに用か?急ぎじゃなかったら  少し借りて行くぞ」 水嶋主任が叶先輩の肩を抱き連れて行こうとする。 「ぇ?晴翔?!ちょっ…」 抱きしめる様に連れていく。 俺の… 俺のΩを… ハッ…俺は今…… 水嶋主任は番が居ると聞いている。 新歓(歓迎会)の日、俺が店に着いて直ぐに叶さんの調子が悪いと水嶋主任が叶先輩をトイレに連れて行った。 あの時は水嶋主任の番かと思った。 でも、違った。 番じゃないならあの時も、今も距離が近すぎるだろう。 「あ、居た居た。杉下〜、資料の説明するから  ついて来てくれ」 「はい。あ、生田先輩聞きたい事があるんです  けど…」 生田先輩に呼ばれて資料室についていく。 俺は単刀直入に主任と先輩の関係を聞いた。 「は?配属一週間で余裕だな!  叶先輩に迷惑掛けたらうちの部署の人間  皆んなを敵に回すと思え。」 「そんなんじゃないですよ。本社でも部が違う  のに何か、仲が良いと言うか、距離が近いと  いうか…」 「ぁー。まぁ、気にもなるか。  主任と叶先輩は元々幼馴染だからな。  ちなみに俺は大学の後輩だから先輩って  呼んでるけど、お前は『叶さん』で良いん  だぞ。あ、俺の事もな」 この人的には自分の方が叶先輩に近いと言いたいのだろうが…うん、『叶さん』より『先輩』の方が確かに親しい感じはするが『叶さん』と呼んでおけば、その内『幸人さん』と呼べるが知れない。 「幸人…ゆきと…」 口の中でそっと呼ぶ。綺麗な名前だと思う。 「はい、ブルーマウンテンブレント2つね」 「マスター有難う」 「ああ、又来いな。仕事終わりなら夕飯くらい  ご馳走してやるぞ?」 「是非頼みます。あ、そうた。俺、あの人に  会いました」 このマスターは俺の事情も知ってくれてる。 だからバイトをして居た頃は家にお邪魔して奥さんの手料理もご馳走になったりもした。 こう見えて二児のパパで来年もう一人増えるそうだ。 良い人なんだが 「あの人って、誉が水曜日になる度にソワソワして挙句研修の為にうちの店を辞めるのに辞める事より彼に会えない事の方が辛かったと言う彼?」 マジかぁ!良かったな!!と熊みたいなオーナーはデカい手で俺の背中をバンバン叩いたくコレがマジで痛いから困る。 でも、マスターは本当に俺の事を心配してくれてる人で叶さんの事も気にかけてくれて居たので翌月に叶さんが来た時も直ぐに連絡をくれた。 その時店内をキョロキョロしていた事も… 前に親切に教えて貰ったコーヒーが美味しくて又来ましたって話してたと。 可愛過ぎだろう! と、その時研修先で悶えていたのを思い出す。 「そっか、ドラマみたいだな。  やっぱり運命かもなぁ」 「運命…なんて本当にあるんですかね」 「お前らの言う『運命の番』がどんなだかは  βの俺には分かんねーよ。  でも、どんな出会いだって『運命』だろう  がよ」 「ちょっ、勝手に喋って照れるのを誤魔化す  為に俺を叩くの辞めて下さいよ!  ()、ちょっ、マジ痛いですって」 ハッと我に返る。 目の前のこの人は有難うと手を伸ばす。 俺は紙袋を笑顔で持ち上げる。 「昼飯食いながら一緒に飲みましょう」 俺は親に逆らって家を出ているので貯金を切り崩して生活していたからこの会社のビュッフェシステムは有り難かった。 でも、叶さんはお弁当だとモジモジしながら言うから、なら俺もコンビニ行きますと中庭で食事をする事にした。 誤りたかったのもあるし、こちらの方が良かったのかもしれない。 なんであんなに言いにくそうだったのか、へぇ、そのボリュームで290円…スーパー侮れないな。 まぁ、自分の上司や先輩がそんな弁当しか食べれない環境なのかと思ったら萎えるやつも居るかもしれない。 そもそもΩだと基本給が違うだろうから仕方ないとも思うけどな…と横目で盗み見ながら自分のカツ丼を平らげる。 くそッ、朝のアレが無ければもっと色々聞けたのに…。 気付けば俺はおにぎり2個も腹に入れ、デザートのプリンを食べていた。 叶さんは隣で手持ち無沙汰にしていた。 やべっ 「あ、すいません。コーヒーだしますね!  えっと、ミルク二つで足りますか?砂糖は  一つでしたっけ。でも、念の為に両方とも  3つずつ貰ってきましたから──?」 叶さんが驚いた顔をしている。 そんな表情もするんだ。 俺はまだこの人の顔を少ししか知らない。 キレイなだけじゃ無い色んな顔をみたい。 先程は傷付いた顔をさせてしまったけど…。 頭を軽く振る。 あの時は少し甘めにしていたのを覚えてる。 さっきも缶コーヒーは加糖のだった。 「あ、…と覚えていませんか?俺、この店で  バイトしてたんですけど、その時叶先輩と  一度会ってるんです」 俺の顔を見る叶さんの視線に負けて話を続けた。 「この会社に就職が決まって、研修に参加しな  くちゃいけなくなって、その後はバイトに  出れなくなっちゃったんですよ」 蓋をして渡す。 杉下くんで兄弟いるの?とか聞かれて俺に興味を持ってくれたのかと思ったが、コーヒーに砂糖とミルクを勝手に入れて掻き混ぜるなんて普通はしない事に気付く。 このついでに謝っちまおうと思った。 そして怒涛の一週間が過ぎ、本日は金曜日の営業が終わり俺は叶さんと帰社した。 結局同行は3回して貰った。 同行の度に叶さんがお客様からどれだけ愛されてるか身をもって知る事が出来た。 初日に気付いたこの人がどれだけこの仕事にが好きで、プライドを持って向き合って頑張っているかも…。 行く先々でαと知られると嫌悪感に近い感情を浴びせられたり、叶さんに何かしたらタダじゃ置かないと釘をさされたり、マイノリティは関係なく、叶さんがどんなに取引先と良好な関係を築いているかが分かった。 叶さんはその度に少し困った様な顔と誇らしそうな笑顔を見せていた。 αとかΩとかなんだかんだ言いながら自分が一番αは凄い、有能だと思い込んでいたのかもしれない。何よりその呪縛に自分がハマり込んでいた事に気付かされた。 「俺、叶さんの取引先に一人で行く自信は無い  かも…」 「こら、新人!信用と信頼は自分で勝ち取る  ものだよ!」 笑顔で、誇らしそうに話す叶さんは相変わらずキレイで…可愛い。 そして、俺にも自然と接してくれる様になった。 「叶さんて、スゴイ誠実な人なんですね」 俺の本心だった。 他人に興味などなく、自分はΩどころか 人を愛せるとか、愛おしく思える事なんてないと思っていたのに─── 「叶さん」 「なに?  あ、報告書は僕が書くから後で今後の  参考に見てはおいてね」 「叶さん…」 鞄から書類を引っ張り出しながら振り返る。 俺はその手と顎を取り口付けた。 バサバサバサと書類が落ちる音がする。 気にする事なく、より深くキスをする。 叶さんの腕が俺の背に回るのを確認し、唇を離す。 「叶さん、明日お時間頂けますか?」

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