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第5話
『そんで、付き合って下さい。
あ、恋人になって下さいって意味ね』
杉下くんのその言葉に僕の頭はショートした。
「ん…」
僕は自分のベッドで目が覚めた。
あれ?
あれ?
夢?どこまで???全部、夢?!
あ…でも、杉下くんの匂いもする…何処から?
キッチンの方でカチャカチャ音がしてる。
布団から起き上がりベッドから起き上がる
「%☆$*°〜?!」
僕は杉下くんのいたキッチンに駆け寄った。
「杉下くんっ!」
鍋を混ぜる姿も絵になるな、色男め!
僕は文句を言おうと近づいたんだけど…
「誉」
「ほ、まれ?」
鍋を掻き混ぜながら淡々と言われた言葉に虚を削がれた僕は戸惑いながらも言われた様に言い返す。
「そ、俺の事はそう呼んでください」
それが杉下くんの名前だと思い出しカーッと顔が赤くなるのが自分でも分かる。
僕はまともに恋愛をした事がないから分からないけど、これが恋愛?これが…普通の流れ?
「誉…くん」
「呼び捨てにして欲しいけど、とりあえず
それでもいいか。ユキさんシチュー出来た
みたいだよ」
「だ、駄目!」
「ん?ジャガイモの形ない方が良いの?」
「違う!」
そこじゃなく、なんでユキって呼ぶの?!
そんなの…晴翔に抱かれる時しか呼ばれた事ない…。
杉下くんがめちゃくちゃ機嫌が良さそうなのは分かる。
「あの…その、そんな風に呼ばないで…」
変なスイッチ入りそうで困る…
「俺に名前呼ばれたくないの?」
その声は少し低くなり不機嫌さが伝わる。
恋人の手順とか年下だからとかじゃなく、その呼び方は僕を色んな意味で意識させてしまう。
だから今はまだダメ。
僕は勇気を出して杉下くんに伝えるべき言葉を
探す。
晴翔にヒート の時に呼ばれてた呼び方でエッチな気分になるから…とか言ったらアウト、だよね…?
いくら恋愛に疎い僕にでもその位は分かる。うーんと悩み、思考が止まりかけ俯く。
「……。幸人 さんはご飯にシチューかける
派?」
「あ、うん…じゃなくて」
ユキから幸人に変わっただけの話にツッコミを入れるけど、どこか嬉しい自分も居て、モゴモゴとなってしまう。
「良かった!同じだ。食事の好みは近い方が
良いもんな。
ユキって呼びたいけど今は良いや。
そのくらいは段階踏もう。さ、座って」
僕は杉下くんの笑顔に勢いを削がれ素直に座る。よく分からない妥協案だけど、なんか彼が僕の事を考えてくれたと思うと嬉しいから善とした。
「ん、いただきます」
たかがシチュー。でも、目が離せない。
手を合わせるだけの所作も好き。
僕が作ったシチューが杉下くんの口に消える。
相変わらず豪快に食べるけど下品さはない。
あのお皿とスプーンも巣材にしよ。
と思っていたの
にぃーーーっ!!!
「ダメ!洗わないでっ」
「は?ご馳走になったんだから洗い物くらい
しますよっ」
「駄目だって!そんな事杉下くんにさせれないっ!」
「お気になさらず」
杉下くんはお皿を高く掲げてシンクの前に立つ。
無常にも泡の付いたスポンジがお皿を磨く。
「やーっ、僕の巣材っ」
僕が杉下くんにぴょんぴょん飛び跳ねては力尽きてしまい、今はしがみ付き泣きそうになっている。
そんな僕のオデコにチュッとキスが落ちた。
「こんなの巣材にさせねーよ」
ズキっと心が痛い。
「誉って呼ばない罰だ」
またチュッとキスが落ちる。
「誉って呼んだら次来る時に服持って来てやるよ」
「え?」
「その服もやる。その為に持ってきた」
そう、僕は起きたら見知らぬ大きめのパジャマの上だけ着ていた。下はシャワーを浴びた時に履いたボクサーパンツだ。
しかもそのパジャマからは杉下くんの良い匂いがした。
「なんで?」
「悪戯してやろって思ったんだけど上だけ着せたら俺シャツみたいで可愛くて下は履かせなかった」
とやや照れながら話す杉下くん。
いや、僕が聞きたいのはそこじゃないんだよ。
コレってほんとに杉下くんのパジャマって事?!今更ながらに袖と裾を握りしめる。
そして、彼の香りに包まれてると思うと体温が上がるのがわかった。
だけど…
僕がバッと顔を上げると
「はは、そっちか。初めて会った時に幸人さん
うちのおしぼり盗んだろう?」
僕はビクッと震えた。
『うち』と言うのは多分…間違いなく、あの珈琲専門店の事。
「大丈夫。一本くらい無くなったって問題ないから」
青ざめた僕を横目に杉下くんは僕のお皿も取り洗い終わるとスポンジの泡を切って手を洗う。
家事…やり慣れてるのかな?
漸く僕の方をちゃんと見てくれたと思ったらイケメン笑顔を見せてくれた。
「とりあえず座って話さない?」
僕の家なのに、僕は借りて来た猫の様に彼に従った。
話を掻い摘むと、あの日匂いに惹かれたのは僕だけでは無かったらしく、おしぼりが消えたのも気付いていたみたいて、杉下くんは僕の事を気にしてくれていたらしい。
で、歓迎会の時にも匂いに気が付いたものの確かめる事も出来ず僕の出社を待ったら今度は印象が違ったらしく本当にあの時の人物だったのかと悩んだらしい。
ごめんね。僕この仕事にもやり甲斐とプライド持ってるから仕事には厳しくなっちゃうんだよ。
で、自分に気があるのか確認したくてコーヒーを買って来たとの事だった。
「コーヒーを一緒に飲んだ後、幸人さんが俺のまで捨てると言い張ってゴミを持って行ったのを見てどうしても確認したかった」
それが今日だった…のか。
「さっき、あそこには月曜日に俺の食べた
昼食のゴミもありましたよね。」
押入れに視線を移して杉下くんに言われて、所在無さげにテーブルの下で拳を握る。
ゴミを巣材にするΩなんて惨めすぎる。
しかも、体の関係がある訳でもないのにストーカーも甚 だしい。
「あれは…捨て忘れて持って帰ったんだよ」
「にしては、幸人さんのお弁当のゴミはありませんでしたよ?」
────っ!
駄目だっ。誤魔化せない。
杉下くんは確信を持ってここに来て、ここに来て確証を得たんだ。
恥ずかしいっ!
杉下くんよりずっと年上で、会社の先輩でもあるのにどうしよう。
僕は血の気が引いて冷たくなる指先を痛いほど握りしめる。
「一生懸命巣作りしてくれて嬉しかった。
あんな物しか上げてなかったのに偉かった
な」
杉下くんはそう言って僕の握りしめた手に杉下くんの大きな手を重ね肩ごと引き寄せるとその腕に僕を抱いた。
ブワッと体温が上がるのがわかった。
だって仕方ないよ…だって
「ちょっ、幸人!泣くか欲情するかどっちかに
しろ」
「ちょっ!僕は君とまだ付き合うって言って
ないし、呼び捨てで呼ぶのも許してないんだ
けど?!」
「キスであんなに可愛い声出しておいて、今
だってそんな嬉しそうな匂い出しといて…
まだ、そんな事言うのか?」
ああ、だって巣を褒められたんだよ?
あんな惨めな巣材のゴミの巣を…
「幸人は誰とでもキスするの?それでもって
あんなエッチな声を誰にでも聞かせるのか?」
やめて!居た堪れなくなるから!!
僕は耳を塞いで蹲る。
嬉しいけど素直になりきれないのは年の所為だろうか?
「まぁ、いいや。ぶっちゃけ俺と付き合いたく
ない?ね、それくらい答えて下さいよ」
あ…
「俺の匂い気持ちいいんでしょ?
俺の腕だって心地よくありませんか?」
気持ちいい…気持ち良いに決まってる。
ずっと抱き締めていて欲しいよ…もう本ト
【ピーンポーン】
「あっ!」
流され掛けた僕に救いの来訪者!?
「だ、誰だろう。出てくるね!」
僕が立ち上がる後ろからチッと舌打ちする声が聞こえたのは気のせいという事にしよう。
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