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番外編:旅立ちの支度
※劉祜が王をやめると決めた後の話
「傷が残ってしまったな。」
劉祜がレオニードの傷跡に触れる。
ふさがったばかりの傷跡は痛々しく赤い。
「なに、しばらくすれば色も目立たなくなるだろ。」
レオニードは軍人だった。これほどの重傷を今までに負った事は無かったが、それでも体には他の傷も多い。
だから、正直傷跡についてはレオニードはさほど気にしていないのだ。
けれど、劉祜があまりにも切なそうな顔で、そっとレオニードの傷跡を撫でるので、なすすべもなく立ちすくんでしまう。
男に大してそこまで申し訳なさそうにしなくてもいいと思った。
「旅支度ができないだろ?」
この国に持ち込んだ服の中にレオニードが元々持っていた服は無い。
全てが宮廷で暮らすための妾妃としての物だった。
そのため、出立のための服装に着替えているさなかなのだ。
「夜明けまでにここをたてればいい。」
人払いはしてあった。
二人きりの部屋はしん、と静まり返っている。
レオニードは劉祜を見つめた。
劉祜はそっと、レオニードの傷跡に口付けを落とす。
皇帝が少しかがんで自分の腹に口付けをしているという事実にレオニートは体を固くする。
傷口はまだ引きつれた様な違和感があって、とても快感等拾えないものと思っていた。
そもそも傷跡が性感帯になるなんてレオニードは知らなかった。
何も言わないレオニードに劉祜は何を考えたのか、傷口に舌を這わせる。
その感覚に思わずレオニードは熱い息を吐きだして、劉祜の肩にしがみついてしまう。
それは快楽にも似た感覚で、レオニードは体を震わせる。
「ああ、傷跡以外も紅色に色付いて綺麗だな。」
傷跡をひとしきり舐めた後、劉祜はレオニードの顔をみてそう呟く。
レオニードの肌は生まれつき白いので、血流がよくなると赤く色づきやすい。
綺麗だと言われることには慣れられそうもない。
赤い顔でレオニードはそう思った。
「あなたが綺麗だと言うなら、この傷跡も宝物の様なものですね。」
照れ隠しの様に言ったレオニードの言葉に、今度は劉祜が固まる。
それから、慌てたように準備されていた服をレオニードに羽織らせる。
そんな慌てさせるようなことを言ったつもりはレオニードには無かった。
劉祜の表情は先ほどまでとさほど変わらないのに、耳だけが少しばかり赤くなっていることにレオニードは気が付く。
彼が王であり続けることを全力で肯定しようと決めたのに、彼を王の座から引きずり下ろしてしまった事、それから、彼の友の事、話したいことは沢山ある。
「ここを出れば、俺はもう王ではなくなる。
それに、レオニードも悪逆非道の妾妃として、その汚名は消えないだろう。」
ほんとにいいのか? はだけたままの上半身にある傷跡をもう一度撫でながら劉祜は言う。
軍資金は公にはレオニードが宮廷の金を浪費したという名目で準備されたものだと聞かされている。
それについては、全て理解している。
「俺にとってあなたが王であることはこれからも変わらないし、それに……。」
“願わくば、俺が悪逆非道の王妃にでもなんにでもなって、少しでもあなたと共にあることができますよう。”
そう誓ったのだ。
端からレオニードにとっては覚悟の上の事だ。
「先は長いですから。」
それだけをレオニードは伝えた。
それから準備された服を着こんだ。
レオニードがまだ故郷にいた頃着ていた私服によく似たそれは動きやすく落ち着く。
恐らく劉祜が配慮してくれたのだろう。その優しさがうれしかった。
「さあ、行こうか。」
庶民の着る様な軽装をした劉祜が言う。
レオニードは劉祜の軽装を初めてみる。
慣れない姿だが、案外似合って見える。
「本当は、おれ少しだけこの先が楽しみなんですよ。」
平民に戻りたいと思った事は無いと断言した男に言うべきことなのか悩んだ後、レオニードは言った。
「……俺もだ。」
少しだけ間をおいてから劉祜がこたえた。
見送りは、劉祜の腹心の男ただ一人だった。
劉祜から聞くと彼も幼馴染だという。
内政の一切に詳しく、晃が王になってからも彼に仕える算段になっているらしい。
「あの方を、お願いします。」
そう言われて初めてあの朝の日に同じことを言われたとレオニードは気が付いた。
その人は深々とレオニードに頭を下げていた。
「やめてください」
レオニードはそっと彼に言った。
それから「お任せください。彼は必ず俺が守ります。」と彼だけに聞こえる小さな声で言った。
静かな別れだった。
漆黒の闇の中二人は宮殿を後にした。
番外編:了
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