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二進法ロールキャベツ
僕がカイラスからその指摘をされた時、意外すぎて番茶の入ったマグを持って固まった。
「僕に友達が少ないことに、興味があるの?」
「いや…まあ、興味?なんですかね。よくわかりませんが。でもあなたの電話リストに三人しか登録されていないのは、何かの不備ではないかと思いまして」
僕はその言葉を聞いて、がっくし。肩を落とした。
「不備もなにも、本当にその三人しか連絡を取る必要がないんだよ」
なんだ。せっかくカイラスが、僕に興味を持ってくれたのかと期待したのに。
「そうですか。ならいいんです」
「……本当にぃ?それ以外に僕に言いたいことは、ない?」
「ええ。なにも。強いて言うならば、データ容量を圧迫しないので助かっています」
「はぁ…。君は本当に、本当に機械なんだね」
番茶を飲む気もなくして、テーブルに置きなおした。
カイラスは夕食で出た食器を洗っている。
不思議なことに、カイラスの肌は何か特殊な素材でできていて、ほとんど人間の肌と変わらない感触。だから食器類と彼の手が触れても、金属音なんてしない。
そんなに技術は発達しているのに……ねえ?どうして感情だけがないんでぇ?
「……ミチル。何かご用ですか?」
「あるよ」
「なんなりと」
「君の感情の片鱗を見せてくれ」
「無理ですね」
言い切った彼はまた食器を洗い出した。
「僕の妄想を聞いて欲しいんだ。それならいいだろ?」
「作業しながらでいいなら」
カイラスは明日の夕食のロールキャベツ作りを始めたところだった。
「思うんだよ。こんなに技術が発達しているのに、どうして機械が感情を持たないのか。僕には二つの持論があって。一つは、開発者が感情の発達に制限をかけている。もう一つは、すでに持っている感情を、君たちがただ隠しているだけ」
カイラスの手が一瞬、止まった。なにかを見るように視線も空中で止まった。
「ねえ。ほんとのところ、どうなのよ?」
「…私から一つ言えるとすれば、どちらもハズレです」
「嘘だぁ!どっちかしかあり得ない。絶対に。」
「二進法ですよ」
「それがどうしたのさ?」
カイラスは混ぜた肉を、おっきなキャベツの葉っぱに巻きながら。
「僕ら機械のほとんどは、二進法で動いている。けれど人間の脳は二進法では動いていない。つまり、そもそも脳の造りの、ベースが違うんです。だから機械に感情はない。単純な話でしょう?」
ロールキャベツが次々と製造されていく。
「…じゃあ明日のロールキャベツは、二進法が作ったってことか」
「そういうことになりますね」
「……ウソつき」
「いつ私が嘘をつきましたか?」
「君に本当に感情がないなら、どうしてさっき一瞬、動きが止まった?」
「それはあなたが、あまりにも突拍子もない持論を言うからです」
「驚いた?」
「一瞬ですよ」
「驚いたんだね?」
「ええ、まあ。」
「それは、その驚きは、感情ではないの?」
「………違うでしょうね」
「ああっ。その間が気になるんだよ、カイラス!」
「あんまりうるさくすると、明日のロールキャベツがキャベツオンリーになりますよ」
「僕の質問に答えないと、今日の充電はなしだ。あーあ、明日の君は不調だろうなぁー」
「では明日の家事はあなた担当なのですね。私もちょうど休暇が欲しかった頃です」
「あ、ひどいぞ」
「そっちだって」
鍋からいい香りが漂ってきた。
「あ、いい匂い」
「バターを一切れ、入れたんですよ」
「スープは?」
「これから作ります」
手際よく冷蔵庫から食材を出して、調味料をはかって入れる、その動き。一切無駄がない。
ねえ、これでいいんじゃない?
僕の心のどこかが、そう語りかけてくる。
いいんじゃないの?だって、機械の心を知ってなにが楽しいの?僕はただ知らないことを知りたいだけ。でも、最初から謎なんてなかったなら、探求する意味なんてなくない?
そうだね。そうかもしれない。
確かに、もう一人の僕の言うことは正しいかも。
でもね。正しいってことを証明するには、それ以外の可能性が全てゼロじゃなきゃ。そうでないと、理解したことにはならない。だろう?
「……ミチル」
「ん?」
「視線が痛いのですが」
「そうかい。でも今は君を見ていたい。そういう気分。」
「そうですか」
トマトソースのいい香りにふたをされるまで、僕はカイラスのことを眺め続けた。
「つまり、それってさ」
「?」
突然話しかけた僕に、カイラスがこちらを見た。
「二進法をいじっちゃえばいい、って事だよね」
カイラスはため息をついて、言った。
「あなたができるなら」
その声はどこか諦め。でもまたどこかに、挑発的な調子が含まれていた。
二進法ロールキャベツ/end
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