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第33話

薄暗い空間に、ひそひそと囁き会う声が満ちている。 写真と生け花の展示を順路に従い辿った先は、パーテーションで分割された教室の3分の1程の空間だ。順路の出口になる筈の教室と廊下の出入り口は、今は出入り出来ないようにロールスクリーンが拡げられており、その前には椅子が並べられている。 前の方から順に着席するようにと、華道部の女の子に案内されたが、俺とユウリは立ち見でいいと断った。客の入りが良いのか、準備されている席では全員が座るには足りなそうだ。 「午前中は時間毎に、人数制限してたんですけど…」 展示と写真芝居という出し物のため、常時出入り自由という訳にはいかず、30分毎の入れ替え制に加え人数制限も行っていたようだ。最初の頃はそれでも余裕だったが、回を重ねる毎に見物客が増え、昼を回る頃には入場を待つ列が隣のクラスの出入りを邪魔する程になってしまったらしい。 「隣、囲碁クラブなんですけど、順番待ちの列が邪魔だから、お客が入ってこれないってクレーム言ってきたんですよ。それで、一葉先輩が仕方ないから人数制限はなしにしようって事になったんです」 「そっか、でも列が出来るくらいお客さんが来てくれて良かったよね」 助っ人とは言え、一応は関係者となった俺とユウリも、内心では客入りを心配していたから、今の話を聞いてホッとしたし嬉しくもあった。 「あっ、そろそろ、始まりますよ」 彼女が囁くのと同時に、室内が暗くなり、正面のスクリーンに光が浮かび上がった。 『once upon a time ー むかしむかし…』 そんな語りが、スピーカーから流れてくる。スクリーンにタイトル文字が表示され、その物語は始まった。 そこに写し出されるのは、俺であって俺ではない、けれど現実の俺と同様、愛してはいけない人を愛してしまった俺の姿でもあった。 お互いに惹かれ合っているのに、身分の違いや環境が二人の間を阻んでいる。そしてジュリエットの抱える秘密は、愛があっても乗り越えるには高すぎる壁だった。 切なさを内包したコメディー仕立ての異端の愛の物語は、重すぎない程度で考えさせられたし、スクリーン上の二人のラストシーンは、現実の俺の物語でもそう在りたいと思えるものだった。

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