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第36話
後夜祭が終了し、帰宅を促す校内放送が流れる。
気持ちは荒れたままだったけれど、俺は屋上を後にした。
出来れば、誰にも見つからないまま、帰りたかった。
腫れぼったい目を擦りながら、教室の扉を開いた俺はその場に立ち竦んでしまった。
「「暁❗」」
異なる声が、全く同じタイミングで俺の名前を呼んだ。
「今まで、何処にいたの、何度も電話したんだ…」
言いながら駆け寄って来たユウリが、俺の顔を見つめたまま、言葉をなくす。
「あんた、泣いてたの?」
見つめ会う俺とユウリの間に割り入るように、俺の顔を覗き込んできた一葉が、遠慮なくそう突っ込む。
そうなのか?と問うようなユウリの視線に、思わず俺は目を逸らした。
「泣いてない」
呟いて、進路を塞ぐ形になっていたユウリを避けて、俺は自席へと向かう。大した荷物はなかったが、机の中を探り鞄に詰め込む。
「暁、何があったか教えて」
ユウリが声を掛けてくるが、俺はどう答えればいいのか解らなかった。
俺の方こそ聞きたい、何で一葉と一緒なんだ?
付き合うことになったって、二人で俺に報告したかった?
「俺の事なんて、ほっといて先に二人で帰れば、良かっただろ」
思わず口にしてしまった。二人は何も悪くないのに、一人で嫉妬して拗ねてるだけなのに。
「ユウリはあんたの事心配して、ずっと探し回ってたんだよ。それを、先に帰ればなんて、どの口が言うか~」
怒った一葉が俺の頬を掴んで力任せに引っ張る。
「痛いって」
一葉の手を払いのけ、赤くなっているであろう頬をさする。ユウリを心配させてたなんて、悪いのは自分だと解っていても、今は素直になれなかった。
「暁…」
ユウリが心配そうに俺の名を呼んだ。伸ばされた繊細な指先が、俺の頬に触れる。ひんやリとした感触に、背筋がふるりと震えた。思わず閉じた瞼を、同じ指が優しくなぞった。
「何か、嫌な事あった?」
憎まれ口をたたいた俺に怒りを見せることもなく、ただただ俺の事をユウリは気遣っているようだった。
もう、それだけで十分だろ?
大好きなユウリに、好きな女の子を二の次にさせてまで、俺は構って貰えたんだから。
「ごめん。いろいろあって、ちょっと疲れちゃって」
俺は、ユウリと別れて以降の状況を説明した。
「ごめん。私が身ばれするようなメイキング流したからだよね」
「そうじゃないって。話題になったのは良いことじゃん。俺の気構えがなかっただけで」
ごめん、一葉。言い訳にしてるだけなんだ。
「ねぇ、暁。それだけで、目が腫れるほど泣いちゃうかな。何か嫌な事されたんじゃない?」
「え?」
確かに疲れただけでは、言い訳としては弱かった。着信を無視する行動も、この目の膨らみも…。
「嫌な事はなかったよ。ただ、ちょっと気分が悪くなって、うぇってなったから。それで、顔も浮腫んだのかも」
もう、適当な嘘を重ねるしか出来なかった。その嘘が、更にユウリを心配させる結果になったのだけれど…。
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