56 / 65
第38話
学園祭翌日、振替休日の朝。俺は見慣れた天井を見つめていた。
昨夜の記憶を辿ってみても、ユウリに宥められ迎えの車に乗った以降の記憶がなかった。
「忘れたい記憶ではあるよな」
己の情けない行動を思い返してみれば、全てを記憶の外に締め出したかった。もちろんそれは自分が忘れただけでは、無かった事にはならないのだけれど。
もそもそと体を起こせば、制服を着たままでベルトだけが抜かれている。シャツのボタンが上から二つ外されており、俺が寝苦しくないよう気に掛けてくれたのだと解る。
「とりあえずシャワー浴びるか」
ボンヤリする頭を少しでもクリアにしようと、俺は風呂場へと向かった。
※ ※ ※ ※ ※
「それで、昨日は何があったわけ?」
シャワーを浴び、空腹を満たしたところで、昨夜の悶々とした気持ちが甦ってきた。もちろん、ユウリに友人として大切にされている、もうそれで十分だと思った気持ちは嘘じゃない。
ただ、二人が付き合うようになった事を、聞きそびれたままだったから……
「何もないし」
突然部屋に入ってきた俺を、振り返りもせず一葉が聞いてくる。幼馴染みとして過ごして来た時間は永い、足音から俺だと解ったのだろう。
「なら、いいけど」
何でもないと言い張る俺に、一葉は疑わしそうな視線を向けたが、それ以上突っ込んでこなかった。
「お前の方こそ昨日は何もなかったのか?」
「私?」
首を傾げる一葉から「ユウリに告白されたんだ」とか「付き合う事になった」という言葉が飛び出すのを覚悟しつつ聞いた。
「俺に報告する事があるんじゃないか?」
促す俺の言葉に、ようやく思い至ったのか、一葉が満面の笑顔を見せる。
「そうだった。ユウリと……」
『待って、やっぱり言うな❗』
覚悟はしていたけれど、そう叫びたかった。けれど何かが喉に詰まってしまったように、声を出すことが出来ない。
「ユウリと暁のお陰で、部費確保出来たよ」
「そうかユウリと…、良かったな」
反射的にそう返した俺だったが、頭の中にクエスチョンマークが浮かんだ。
「ブヒッ?」
「何と、我が華道部の写真芝居が人気投票三位になりました❗」
これで来年は、部数が増やせるとかカラーページどうとか、ニマニマという擬音がぴったりな不気味な笑顔で一葉が呟いている。
俺は唖然としながら、もう一度問いかけた。
「そうじゃなくて、昨日ユウリに話がしたいって言われただろ。どんな話だったんだ」
結局、自分から聞いてしまった。婉曲に聞き出す事の出来ない自分が情けない。
「あー、それね」
今度こそ、決定的な事実を告げられる筈だと、身構える。
そんな俺を見て何か考えを巡らせている様子の一葉だったが、次の言葉も俺の考えとは違うものだった。
「パネル?」
「そう、譲って欲しいって頼まれたの」
「写真が欲しいって、それだけ?」
頷く一葉を見て、一気に全身の力が抜ける。
俺の勘違いだった、のか……。良かった、まだユウリの隣を譲らないでいいんだ。内心安堵する俺の心を読んだかのように、珍しく一葉が説教を始める。
「何を勘違いしたかは聞かないけど。ユウリは暁との時間を大切にしてるんだよ。拗ねてる時間が勿体ないでしょ」
思わず正座して、一葉の言葉に頷いた。ユウリが日本にいるのは高校卒業までだ。限られた時間は、俺にとって本当に大切なものだから。
グダグダの俺を、叱ってくれる一葉に感謝しつつ、ついでに今朝疑問に思った事も尋ねてみる。
「俺、昨夜の記憶が飛んでるんだけど、自分でベッドに入った?」
この時の俺は、この質問が羞恥を覚える事になるとは思わなかったんだ。
ともだちにシェアしよう!