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第39話 ー終章1ー
降り続けた雨が、雪に変わっていた。
ビシャビシャで薄汚れた路面と一緒に、俺の汚れた心を隠すように今年最初の雪が降り積もっていく。
「寒い」
呟いて息を吐き出せば、目の前を真っ白な幕が覆う。
このままここに立ち尽くしていても、体が冷えるばかりで、例え凍え死んだとしても、償いにもならないと解っている。
彼がいなくなる事は、決まっていた事なのに、覚悟していたはずなのに。
その日が目前に迫っているという想定外の事実に、俺の自制心は呆気なく崩壊してしまった。
たががはずれ暴走した感情は、己を傷つけるだけでなく、愛しい人にさへ牙を剥いた。
先程まで身体中から発散されていた焦げ付くような熱気は消え失せ、外気にさらされた体が冷えると同時に、あてのない怒りに捕らわれていた思考も静まっていった。
見上げる建物は闇に包まれ、己の与えた一方的な愛撫に、彼は意識を無くしたままなのか、それとも今頃は目覚めて、友と思っていた男の裏切り行為を罵っているのか、伺い知る事は出来なかった。
もう一度大きく息を吐き出した俺は、二度と訪れる事は叶わないであろう屋敷に背を向け歩き出した。
※ ※ ※ ※ ※
赤と緑、クリスマスカラーに染まった街並みを、俺は上機嫌で歩いていた。
特にクリスマスに思い入れがあるわけではないけれど、今年は特別。大好きな人と初めて過ごせるから。と言っても、ユウリにとって俺は、あくまで仲の良い友人でしかないのだけれど。
「街中がキラキラしてる」
街路樹を彩るイルミネーションを見上げユウリが呟く。
「日本人はイベント好きだからな」
そう言う俺も、その一人だと自覚している。
日本人にとってのクリスマスは、イエス様の産まれた聖なる日というより、子供たちはプレゼントが貰える日、恋人達はおおっぴらにイチャイチャ出来る日として、お祭り気分で皆がはしゃいでいる。
派手なイルミネーションも、騒々しいほどに繰り返されるクリスマスソングも、やたら気分を盛り上げて、普段は気付きもしない幸福感に思いっきり浸れるから不思議だ。まぁ、平和ボケした日本人ならではの風物詩なんだろう。
「イギリスもイルミネーションとかするんだろ」
「そうだね。ロンドン市内では、ストリート毎に趣向を凝らしたイルミネーションがされるし、ライトアップした街並みはとても綺麗だよ」
いつか俺もユウリと一緒にその光景を見れるだろうか?
このまま仲の良い友人として付き合い続ける事が出来れば、叶うかもしれない。その為には、俺がユウリに対して友人以上の好意を持っていることを、隠し続けなければならないだろう。
「こっちのじゃ物足りないかもだけど、今日はあちこち見て回ろうぜ」
来年のクリスマスもユウリが日本で過ごしてくれるように、俺は楽しい一日にしようと意気込んだのだった。
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