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第42話 ー終章4ー

「年が明けたらイギリスに帰る事になったんだ」 クリスマスを日本で過ごしたユウリだが、やはり冬休みまるまる全日とはいかなかったようだ。 「そっか、戻りはいつ?新学期には間に合わせるんだろ」 そう聞いた俺の視線を避けるようにユウリは俯いた。 「戻れないんだ」 呟くような、か細い声が漏れる。 「そ、そうだよな。わざわざイギリスまで行くのに、二、三日で帰ってくるんじゃ、意味がないもんな」 ユウリの言葉を始業式に間に合わないという意味だと俺は受け取った。 それでも尋ねる声が震えるのは、いつも心の片隅に隠している不安があったからかも知れない。 「1月中には戻れるんだろ」 当たり前の事実を確認する、そんな気軽な口調を装って尋ねた問いに、返されたのは否定だろうか? 俯いたまま頭を振るユウリの旋毛を、「つつきたいな」なんて埒もないことを俺は考えていた。 ※ ※ ※ 二人してどのくらい押し黙ったままだっただろうか、大きなため息を一つついたユウリが話始めた。 高校卒業を待たず年が明けたらイギリスに帰る事。大学に通いつつ家業を継ぐべく本格的に経営に携わり、社交界などの表舞台にも顔を出す必要がある事等を説明してくれる。 それは、俺にとって現実味はないけれど、ユウリにとっては本来の日常なんだと想像していたものだ。 来るべきが時が来た、それだけの事なんだろうけど、高校卒業までは日本に、俺の側にいてくれると思っていたから…。 「何で急に、どうして」 呆然として質問にもならない言葉しか言えない俺に、顔を上げたユウリが淡々と答える。 「大学受験時の最終学歴を、イギリスの学校にすべきだって話になってしまって」 ユウリの祖父いわく、日本からの受験イコール留学生枠(そんなものはないはずだけれど)で通ったと、揶揄する者が出てくる。それを避けるために、イギリスの高校を卒業したうえで受験するようにとの事らしい。 窮屈きわまりない価値観を持つ、正当な血筋の貴族の中には、日本人の母を持つユウリに対して、あからさまに軽んじる態度を取る者がいると聞く。もちろん全ての貴族がそのような偏見を持っているわけではないのだろうが、僅かでも中傷のネタを減らせればという思いがそこにあった。 暁にとっては受け入れられない理由でも、ユウリにとっては受け入れるしかない事情なのだ。それが理不尽だと思えるような事だとしても。 事情は解ったけれど、何故もっと早く教えてくれなかったのだろう。 俺に話したからと言って帰国時期を延びるわけもないが、もう少し早く教えて貰えれば、もっともっとユウリとの時間を大切にしたのに。 そう思った俺の脳裏に以前言われたある言葉が浮かんだ。

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