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ユウリ視点3
湿気対策のために稼働しているエアコンが、室内を適温に保っている。
とは言っても、利用者の為に温度を下げているわけではないから、その中で本を運んだり脚立を上ったり下りたりと軽い作業をすれば、汗ばんでしまう。
じわりと額に滲んだ汗を手の甲で拭いながら、屋外で作業しているはずの暁を思う。
「ちゃんと水分取ってるかな」
この夏は猛暑日が続き全国でも熱中症で運ばれた人が何人だとか、連日ニュースになっている。
腕時計で時間を確かめれば、11時半過ぎ。
お昼休みに入ってもいい時刻だろうと思った僕は、手にしていた数冊の本を棚に戻し、別の書架で作業している後輩に声を掛けた。
「前野さん、そろそろお昼休みにしようと思うんだけど」
「あれ?もうそんな時間ですか」
本の痛み具合を調べている最中だったようで、前野さんは床の上に積み上げられた本の傍らに座り込んでいる。
「僕は友人が待ってるからここを離れるけど、君はここにいる?」
「えー、先輩一緒にお昼してくれないんですか~」
勢い良く立ち上がった前野さんが僕に詰め寄る。
怒ってますとアピールするように、頬を膨らませて上目使いで僕を見つめてくる女の子を、どう宥めたものかと思案する。
お昼を一緒に取る約束をした覚えもないし、そもそも夏休み前にスケジュールを決めた時点では、今日の当番は僕と同級生の柏木(男)だったはずだ。
「ごめんね。君が一緒だと知らなかったし、友人には僕のスケジュールに合わせて登校して貰ったから約束をやぶれないんだ」
やんわりと断りを入れてみる。
「友人って、袴田先輩ですか?」
「えっ、一葉?」
思いもしなかった名前を告げられ、一瞬戸惑う。
しかし、すぐに気持ちを建て直した僕は、慎重に言葉を選んだ。
「残念ながら、今日は一葉じゃないんだ」
いかにも、一葉に気がある風に装う。
僕ーユウリは一葉が好きーと思わせるメリットは、もちろん暁が一葉に告白できなくなるという事が最大であるが、僕に言い寄って来る子がいなくなればという牽制も多少あった。
日本で過ごす貴重な時間を、暁以外の出来事で奪われたくはなかったから。
もちろん、日本を去ることになっても僕は暁を手放すつもりは全くない。
いづれ、暁を振り向かせ、その時はずっと僕の側にいると誓わせるつもりだ。
ただ、今の僕は力もなく何者にもなれていない、ただの子供だ。
だから、この先、近い将来、暁と離れなければならない時期が訪れる。
でも、それは僕の生涯、死ぬまでの間の一時だと思っている。
だって、あの日僕は、ユウリ・レオナルド・グレイという名に誓って、如月 暁を一生の伴侶にすると決めたのだから。
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