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ユウリ視点4

僕と暁の出逢いは、かなり衝撃的だった。 学期の途中で編入学した事と、僕の容姿が明らかに異質だったせいで、なかなかクラスに馴染めずにいた。 腫れ物に触るような扱いが続いていたが、その日は必要書類に不備があり職員室に呼ばれ帰りが遅くなってしまった。 残っている生徒はいないだろうなと思いつつ、教室に戻ってみると男子が何人か残っていた。 自席に付いて鞄に荷物を詰める僕を見ながら、何やら話している様子が気になったが、特に話し掛けられる事もなかったので、さっさと帰ろうと立ち上がった所で彼ら に取り囲まれた。 「どうかした?」 何か話でもあるのかと聞いてみるが、彼らはお互い顔を見合わせながらニヤニヤしている。 嫌な雰囲気だ。 一人に対して複数で何かを仕掛けようとする時特有の、絶対的有利を確信し悦に入る表情はイギリスでもよく見掛けたものだ。 日本人は大人しいから、こういった場面に遭遇することはないのかと思っていたが、結局人間の習性はどこでも一緒なんだと却って僕は安心する。 異国の地で多少緊張していたが、これまでの経験が役に立つと解れば、臆する事はなかった。 「なぁ、お前ハーフだからって、いい気になってる?」 イギリスでもよく言われた事だ。 「いい気になるなよ、ジャップ」「ジャップが貴族だなんて、認めないからな」等と、上流階級の権力者の子供ほどそういった敵愾心をユウリにぶつけて来た。 そんな風にパブリックスクールで鍛えられたユウリであったから、この状態にあっても落ち着いていられた。 「いい気になってるつもりは無いけど」 人数で威圧したつもりが、怖がりもせず言い返してくるユウリに、彼らは怯んだ様子を見せたものの、後に引けなくなったのか更に絡んでくる。 「なぁ、見た目が違うからって、ちやほやされてるだけで、俺たちはお前を認めたわけじゃないからな」 特に認められる必要は感じなかったが、編入三日目で問題を起こすのは避けたかった。 「何か気に障る事があったのなら、失礼した。今後気をつける」 言いなりになるつもりは無いが、詫びて遣り過ごせるのならと、それだけ告げて教室を後にする。 しかし、昇降口に向かう僕の後を、バタバタと足音が追いかけてくる。 「おい、待てよ。話は終わってないぞ」 声を掛けられたが、無視する。病院の面会時間は限られているし、下らない口論をしている暇はないのだから。 「逃げるのかよ。意気地無し」 「ビビって泣いてるんじゃないのか」 「やっぱ女みたいな顔してるし、男じゃないんだよ」 ガキっぽい悪口に呆れるばかりであったが、こういう連中は言い負かすか何を言っても無駄だと思わせない限り、今後も絡んでくるだろう。 面倒だし、このような場面での日本語には自信がないが、まぁこっちが大人しく従うタイプでないと解らせるだけなら、最悪英語でも通じるだろう。 心を決めた僕が足を止め彼らを振り返ると、彼らも僕から2、3歩距離を取って立ち止まった。 僕は端から順に彼らを睨み付ける。一人につき3秒、しっかり目を合わせる。相手を萎縮させ、こちらが上位だと思わせるには、目を逸らしてはいけない。 僕を取り囲んでいる5人のうち、目を逸らさなかったのは一人だけ。相手をするのはこいつだけでいいと言うことだ。 「言い返さないって事は、やっぱりお前女なんだろ」 「女のくせに何で男の格好してるんだよ」 「学ランよりセーラー服の方が似合うだろ、明日から着てこいよな」 勝手な事を言って、ゲラゲラ笑いだす。 低レベル過ぎる…言い返す気もなくなるが、それでは終わらないと僕は口を開いた。 しかし、出てきたのは「うゎっ!」という悲鳴混じりの驚きの声であった。 背後からいきなり股間を捕まれた衝撃に、僕は身動きが出来なかった。 今までゲラゲラ笑っていた連中も、呆気に取られたように僕が股間を揉まれているのを見ている。 「あ~、こいつ男だよ。ちゃんとついてるもん」 その声に僕は恐る恐る背後を振り返る。 すると、僕の足元にしゃがんで股間に手を伸ばしている変態と目があった。 そいつは僕だけに解るようにウィンクして見せると、ようやく僕の股間を離して立ち上がった。 「おい、竹本。好みのタイプなんだろうけど、残念だな。正真正銘こいつは男だ。諦めろ」 そいつがそう話しかけたのは、唯一僕から目を逸らさなかった相手だった。 「な、好みって。何言ってるんだ暁、残念とか訳わかんない事言うなよ」 そいつ、竹本は言い返したが、さっきまでの勢いは無くなっている。 「そうか?俺にはお前が好きな子に意地悪してるみたいに見えたんだけど」 「馬鹿、そんな事するわけないだろ」 「そうだよな、お前らがそんなガキっぽい事するわけないよな」 ユウリが口を挟む間もなく、状況が変わって行く。 「じゃぁ、こいつが男だって事も解って、お前らも満足しただろーし、明日からは男同士って事で付き合えるな!」 その問いかけに、竹本らは気まずげに「勿論」だとか「当たり前だ」と答えている。どうやら竹本達はこの変態、暁には逆らえないようであった。 「おっし、じゃぁ仲良く一緒に帰ろーぜ」 にこにこ顔で暁が誘ったが、竹本達はまだ用事があるから先に帰ってくれと、そそくさと立ち去ってしまった。 「あんな、あからさまに嫌そうにしなくてもいいのにな。なぁ、そう思わない?」 そんな風に問われても、この状況なら仕方ないんじゃないかとユウリは思った。 でも、その原因は彼が自分を助けてくれたからだ。 「助けてくれて、有り難う」 そう言って、頭を下げた。 「いや、気にするな。それより、いきなりゴメンな」 謝られて理由がわからず首を傾げると、「ほら、揉んじゃったし」とはにかまれた。 その瞬間、僕の心臓がドキドキと鼓動を早くし始める。 「俺は、如月 暁。クラスは2ーC。君は、隣に入った転校生だよね」 人懐こい笑顔に、頭がクラクラする。こんな気持ちは始めてだ。 内心狼狽えながら、僕は名乗った。 「僕はユウリ。ユウリ・レオナルド・グレイです」 「ユウリって呼んでいい? 俺の事も暁って呼んでくれればいいし」 日本で、ファーストネームで呼び合える友人が出来たようだ。 「もちろんオーケーだよ、暁」 母の祖国である日本が、ようやく僕を受け入れてくれた。そう思わせてくたのが、暁との出逢いであった。

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