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第11話
ひとしきり笑いあった俺達が改めて自己紹介をしている間に、ユウリは一人でさっさと作業を始めてしまった。
ユウリには本でも読んで待っててと言われたが、何か手伝えるのならと前野さんに聞いてみる。
「で、茉莉(まり)ちゃんは男手欲しくない?」
「やった~、ちょうど図鑑やら文学全集を棚に戻すとこだったんですよ」
「オッケー、じゃ始めますか」
俺は前野さんの指示に従いながら、本を棚に戻す作業に取りかかった。
床に積み上げられた本を分類番号毎に棚に戻して行く単純作業であるが、重い本を数冊まとめて持ち上げて、脚立を上り下りするのは重労働だ。
二つ隣の本棚で同じような事をしているであろうユウリが気になる。
元々華奢なユウリだが、家から出ず勉強ばかりしていたせいか、更に細くなったと俺は感じていた。
外光にさらされていない肌特有の青白さが妙に色っぽくて、俺はカツ定食を食べ終える間そわそわして味などわからなかった。
「くそっ、絶対マークに文句言ってやる」
思わず呟いた俺の声を、前野さんが聞き留める。
「えっ、マーク?何か印し付いてるのありましたか」
俺の手にした図鑑とリストを見比べ、前野さんが尋ねる。
「あっ、ごめん。何でもないんだ、この昆虫全集は3段目の右端でいいんだよね」
「はい、そうです。全部で8巻になるので、右づめで配置して下さい」
それからしばらくは、お互い本を並べるのに集中した。
床に置いてあった本が大分片付いたところで、前野さんが少し休憩しようと言ったので、二人してその場に座り込んだ。
「地味に、しんどいんだけど」
動いている間は気にならなかったのだが、二の腕やお尻の付け根がプルプルしている。決して運動不足というわけではないのだが、この作業は普段使わない筋肉を酷使しているようだ。
「あれ、暁さんって運動部じゃないんですか?」
「俺?園芸部だよ」
「マジですか。何か似合わないんですけど。サッカーとかバスケ部あたりで、下級生にキャーキャー言われてるのかと思ってました」
今日始めて俺の事を知っただろうに、前野さんの俺に対するイメージはどうなってるんだろう?
「それは、俺がチャラそうとゆう事ですか、前野さん?」
今更ながら名字呼びした俺に、てへへと前野さんは笑う。
「いえ、チャラいとかじゃなくて、暁さん運動神経良さそうだし、イケメンなわりに取っ付きやすいし」
「取っ付きやすいって…、それは年上のくせに威厳がないっていう悪口でしょうか」
がっくり肩を落とした俺の様子に、慌てて前野さんは言い訳する。
「違いますよ。いい意味ですって。普通イケメンって、恐れ多くて遠巻きにしちゃうじゃないですか。暁さんは、それがないってゆうか、親しみやすいって意味ですから」
困り顔の前野さんが可愛らしくて、もう少し拗ねて見せる。
「イケメンてゆうのはユウリのような人の事を言うんだよ」
「そ、そうですけど、そのユウリ先輩はイケメンとゆう括りでは足りないですよ」
ユウリの事を持ち出したとたん、前野さんは真っ赤になる。
ああ、やっぱり彼女はユウリの事が好きだったんだと、チクリと胸が痛んだ。
俺と同じように彼女もユウリに片想いしている。
でも彼女は俺と違い、ユウリへの想いを隠す必要もなければ、告白する事もできる。
俺は告白どころか、この想いを隠し続けなければ、ユウリの側にいる事も出来なくなるだろう。
口数が少なくなった俺に気づかず、前野さんは俺の知らないユウリの様子を話してくれるのだった。
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