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第12話
それから二時間ほど集中して作業を続けたところで、割り当ての書架の整理が済んだ。
別の書架を一人で担当していたユウリが、早く終わったからと手伝いに来てくれたお陰でもある。
図書室の戸締りを済ませ、鍵を返却すれば図書委員の仕事は終了だ。
鍵を返しに行っているユウリを、前野さんと俺は昇降口で待っていた。
「ねぇ、暁さん。メアド教えて下さい」
スマホを取り出し迫ってくる前野さんを、どうどう❗と宥めながらアドレスを交換する。
もちろんユウリと仲のいい友人と繋がりたいからの行動だと認識している。
俺の方も彼女を通して知るユウリに興味があったし、彼女とも気が合ったので友人として付き合ってもいいかと思っていた。
「ねぇ、茉莉ちゃん。こんなこと言うのは、どうかと思うんだけど」
出会って数時間しか一緒に過ごしていないけれども、彼女の言動から彼女がユウリを好ましく思っているのは間違いがない。
現時点でユウリが一葉を好きなのは間違いないから、俺と同じように茉莉ちゃんの気持ちが報われることはない。
「ユウリには好きな…」
「知ってます」
俺の言葉を茉莉ちゃんは遮る。
「大丈夫、解ってます。ユウリ先輩が誰を好きかはともかく、それよりもみんなユウリ先輩は別の世界の人だって思ってるんです」
「えっ❓」
その言葉に俺の方が狼狽える。
「だって、ユウリ先輩ってイギリスのいいところの御曹司なんですよね?例えユウリ先輩が選んだ恋人でも、一般庶民は認めてもらえないぐらいの家柄だって」
成る程、別世界ね…、確かにそうかもしれない。
もしユウリとイギリスで出会っていたら、友人にさえなれなかったかもしれない。
ユウリが日本の中学に通う事になり、たまたま俺もそこに通っていた。この偶然の出会いは、俺にとって奇跡と言えるものだったんだと改めて思う。
「お待たせ」
ユウリの声に振り返る。
「んっ、ユウリどうかした?」
何だかユウリの表情が硬い気がして聞いたのだけれど…。
「何が?どうもしないよ。それより暁は、まだ何か用事があるのかな。そうなら僕は先に帰るけど」
そう言うとさっさと靴を履き替え歩き出す。
「おい、ユウリちょっと待てよ。茉莉ちゃんバス停まで一緒に行こう」
二人でユウリの後を追いかける。
「ユウリ先輩、怒ってません?」
「いや、疲れてるだけじゃないかな。ユウリって滅多に怒らないし」
ユウリに聞こえないよう、ひそひそ話しながら歩いていると、突然ユウリが振り返った。
「前野さん、今日はご苦労様でした。気を付けて帰ってください」
話している間に前野さんが利用するバス停に到着していたようだ。
「あ、はい。お疲れ様でした」
前野さんに別れを告げ、ユウリと並んで歩き出したけど、やっぱりユウリの様子が変で声を掛けられないまま最寄り駅に着いた。
つり革に掴まりながら、目の前に座るユウリの頭を眺める。
表情を伺えないのは、ユウリが俯いているからだ。
いつもなら、顔を上げて俺に話し掛けてくれるのに、もしかして具合が悪いのだろうか。
「ユウリ、気分悪いのか?」
心配で聞いてみるが、ユウリは首を振るだけだ。
それ以上何も言えないままユウリの降りる駅に着いてしまう。
立ち上がったユウリと、ようやく目があったのだけれど「じゃあね」の一言だけで、降りて行ってしまった。
「俺、何かユウリの気に障る事しちゃったのか…」
ホームの人波みに紛れて行くユウリの後ろ姿に、俺は呟いていた。
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