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ユウリ視点6

「僕が悪かった」 僕の出方を見ているマークに、素直に謝る。 自分の非を認められないようでは、良い指導者にはなれないという、祖父の躾のお陰だ。 プライドばかり高く傲慢な人物の多い社交界の中で、若いうちに英国を飛び出し実業家として世界を渡り歩いた祖父ならではの言葉だ。 「解って頂ければ結構」 そう言って紅茶のおかわりをカップに注ぐマークを見ていると、彼に初めて会った時の事を思い出した。 日本に来るずっと前、まだ僕が七つの頃だ。 その日バイオリンのレッスンをエスケープした僕は、庭のバラ園に隠れていた。 バイオリン自体は嫌いではなかったのだが、必要以上に僕に触れてくる教師が嫌だった。音大を出たが自らが演奏者になるではなく、裕福な家の子供達のレッスンを専門にしている男だった。 どんなに触るなと言っても、構えを教えているのだと言っては、背後から僕の腕を持ち上げ正しい姿勢をとらせる。それに従っても、すぐには離れず抱きつくように腰に腕を回してくる男を、振りほどこうとしても力で敵うわけもなく、一曲引き終わるまで解放してもらえないといった事が多々あった。 そしてとうとう先週のレッスンでは、彼は僕の体を撫で回し、股間にまで触れてきたのだ。 流石にこの状況は異常だと気付いたが、誰にどのように助けを求めれば良いのか解らず僕はレッスンから逃げす事しか出来なかった。 「もう帰ったかな」 腕時計を見れば2時になっていた。レッスンは午前10時から12時までだったが、あいつが待っていそうな気がして、昼も取らずに隠れ続けていた。 お腹は空いていたし屋敷に戻ろうと思うのだが、今度はレッスンをサボった罪悪感から帰りづらくなっていた。 それに今日は逃げられたが、来週はどうだろう。今日逃げたことで、あいつが怒ってもっと酷いことをしてきたら? 考え初めたら、心細くなってしまった。もう屋敷には戻れないんだろうかと、うつむいた瞳から涙が溢れ落ちた時だった。 「どうかしましたか、何を泣いているんです?」 突然声を掛けられ驚いて顔を上げると、見知らぬ少年が僕を見下ろしていた。 午後の光を背にして立つ少年の顔は陰になってよく見えなかったけれど、肩までの長さの白銀の髪がキラキラと風に揺れて綺麗だった。 「誰?」 立ち上がりもせず土の上に座り込んだまま尋ねる僕に、彼は腰を屈めてその顔を見せてくれた。 「マークです」 青い瞳が僕を見つめていた。涙に濡れる目で僕もその目を見つめ返した。 しばしの沈黙。 やがて微笑んだマークが、もう一度名乗った。 「私は、マーカス・A・マクミラン。ユウリ様、あなたの執事になる者ですよ」

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