31 / 65
ユウリ視点9
バルコニーからリビングに移動したあとも、僕と暁のおしゃべりは止まらなかった。
この楽しい夜を終わらせたくなかった。
誰にも邪魔されず朝から晩まで暁と一緒にいられる機会などそうそうないのだから。
「大丈夫、まだ全然眠くないし」
口ではそう言うが、暁の大きな目は今や半開きの状態だ。ソファーからずり落ちるようにして絨毯の敷かれた床に座り込んだ暁は、ガラステーブルに頭を乗せる
「冷たい~」
日焼けした頬をガラスに押しあて、気持ち良さそうにふにゃりと笑う。
その表情が可愛いうえに、ピンク色に染まった項が色っぽくて、僕の鼓動が少しずつ早くなる。
「お水持ってこようか?」
そう暁に尋ねたけれど、水を飲んで落ち着きたいのは自分自身だ。この熱を落ち着かさなければならない。
「うん。炭酸、飲みたい」
「OK」
暁のリクエストに応えるため、僕はリビングを後にした。
※ ※ ※
冷蔵庫から取りだしたペリエをグラスに注ぎ、炭酸に噎せそうになりながら一気に飲み干す。
疼きを覚え始めていた下腹も多少落ち着きを取り戻したようだ。
改めて別のグラスに暁の分を注ごうとした時、ダイニングテーブルに置かれたままのカードが目についた。
スマホを取り出しコールする。
深夜2時過ぎ、電話を掛けるには遅い時間だったが、そんな事は構わない。
「どういうつもりだ」
繋がると同時、相手が声を発する前に問い詰める。
まだ起きていたのか動じる風もなく聞き返されてキレそうになるが、この間も暁絡みで説教されたばかりだから、努めて冷静を装った。
「最後の夏を楽しめ、とはどういう意味だと聞いているんだ、マーク」
握りつぶしたカードにはそう書かれていた。
日本にいられるのは高校卒業までだ。だから来年の夏も暁と過ごせるはずなのに…
「それは、約束が違う。勝手に決めるな」
スマホから聞こえるマークの声は淡々としていて、彼自身がこの決定をどう思っているかを、一切感じさせない。
「解った。確かにお前に言っても仕方ない事だ。帰ったらお祖父様に連絡する」
通話を終えた僕は、怒りや不安がごちゃ混ぜになった感情に押し潰されそうになっていた。
立っていられず、しゃがみ込みそうになるのを拳を握り我慢する。
大きく息を吸って吐いてを数回繰り返し、心を落ち着ける。
これぐらいで動揺していては、暁を守る事なんて出来る筈がないから。
「暁、寝ちゃったかな」
既に30分以上の時間が過ぎていた。
新しいペリエを準備し、僕はリビングへと急いだ。
ともだちにシェアしよう!