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賭けの対象? 2

 エレベーターを降りて冷たく光る廊下を進み、グレー一色に塗られた味気ない壁に沿ってまっすぐに歩く。白地に黒い文字で『植物遺伝学研究室』と書かれた札が貼り付けてある扉を手前に引けば、そこが私の城だ。  内部は実験室と、教授が個人的に使用する執務室に分かれていて、実験室はその名の通りインキュベーター等の設備に実験器具、薬品の入ったガラス戸棚、蔵書やレポートが並ぶ書架にパソコン、白衣の掛かったロッカーなどが雑然と置いてある。  ひと足先に集まっていた学生たちは中央に置かれた大型のテーブルを囲む丸椅子に座り、賑やかな笑い声を上げていた。  文献当番は四回生から順に始まるのが通例で、自分たちには当分まわってこないとあって五人の三回生はリラックスしまくっている。よろしい、油断大敵とはどういうことかを教えてやろう。  私が部屋に入ってきたのを見ると、彼らは口々に「ちわーっス」などと挨拶してきた。 「みんな揃って早いね。二限は何も履修していないのかい?」 「植生が休講なんですよ、休講。オレたち全員、あの講義を取ってるから」 「ああ、植物生理学か。あれは三年で履修しないと困るやつだったね」  私はテーブルの上座とでもいうべき場所の椅子に腰を下ろした。ここが教授の地位にいる者の指定席なのだ。  その位置から斜め右のところに結城の姿が見えたが、ヤツが意味ありげに送ってきた目配せを無視した私は「このプリントをまわしてくれ、今日の資料だ」とホッチキスで綴じたコピー用紙の束を左隣の松下に手渡した。

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