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賭けの対象? 10

 劇薬を含めた薬品用の戸棚の鍵、個人の貴重品などは机の引き出しに入れ、そこに鍵をかけて所持するため、部屋そのものに施錠はしない。つまり、学生たちは私の部屋へいつでも自由に出入りできるのだ。  そういえば、ここのところ疲れていたせいか、つい最近もソファでうたた寝してしまったことがあった。  寝言で口走ったナオヒコという名前をたまたま彼が聞いていたのか。何とまあ、間の悪い……  冷静沈着なはずの私の狼狽ぶりを楽しむように眺めながら、結城はたたみかけてきた。 「先生の寝顔が拝めて最高だったな。でも、ナオヒコさんには妬けましたよ、あんなに何度も呼んでもらえるなんて。よっぽど好きなんですね」 「違う! 彼はそういう相手ではない。学生時代からの無二の親友で……」  言い訳をすればするほど、泥沼にハマッていくのがわかる。  日立尚彦、私の人生においてもっとも長く関わり、紆余曲折を経て、けっきょく四年前に別れた最後の恋人…… 『結婚が決まったんだ。三十代も後半に入ったオレたちにとって、いつまでもこんな状態が続くわけはない。それはおまえだって、よくわかってるだろう』  何も答えず彼に背を向けると、真っ赤な夕陽が目に映って、たまらなく切なかったあの日──  一番近い過去を引きずっているだけなのかもしれないが、まったく未練がないといえば嘘になる。夕陽を見ると今でも胸が痛くなる、私の人生に於いて最大のトラウマだ。

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