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女王陛下の騎士 5
「おい、さっきから上の空だが、どうしちまったんだ」
「……あ、すまない。えっと、立ち退きにあった居酒屋は」
「店はとっくに潰れた、その回答はもう何度も聞いたよ」
「そ、そうか」
早く頭を切り替えねばと、私は首を左右に振ると、もっともらしいセリフを口にした。
「あの頃はよく飲みに行ったよな」
尚彦は感慨深げに頷いた。
「あそこの揚げ出汁豆腐、けっこう旨かったのになぁ。これも時代の流れ……か。仕方ないな」
キャンパスの東側にある正門を抜け、駐車場で車を降りて振り返ると「またな」と左手を振る合図が見えた。
そのまましばらく見送ったあと「時代の流れ……ね」と呟き、ホッと息をつく。
肩の荷が下りたような気分になり、校舎の方へと向かう途中、研究棟の手前で比丘田に会った。
「おはようございます。土曜日はどうも御馳走様でした」
「やあ、いよいよ出動だね」
「いろいろと手続きがあって、早く来なきゃならなくて。久しぶりに早起きしたんで、眠くてたまんないですよ」
私の松葉杖に視線を走らせると、比丘田は「車でいらしたんですか」と訊いた。
「あ、ああ。当分の間タクシー通勤、とんだ散財だよ」
「しばらくは大変ですね」
嘘をついたことにいくらか罪悪感をおぼえながらも、そうだったと主張するしかないが、さて、帰りはどうしたものか。
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