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第8話

 洗いざらい前世の出来事をぶちまけて、それでも現世では俺達はただの学生だし、顔を会わせたくないという理由だけで学校を休む事もできない。  友達と喧嘩でもしたの? と、母に笑われ、ただの喧嘩ならどれだけ良かったかと思い悩みながら教室の前、深呼吸して入ろうとしたら「はよ」と背後から肩を叩かれてビクッと飛び上がった。 「なに、貴澄? 驚き過ぎじゃね?」  俺の背後に立っていたのは、いつもと変わらない琥太郎だった。少しは気まずい顔をされるかと思っていたのに何も変わらない。 「なに呆けてんの? 入るなら入れよ」 「え……ああ、うん」  俺の席は教室の中ほど、琥太郎の席は窓際の一番後ろという特等席だ。琥太郎の態度は本当に何も変わらずいつも通りで、困惑する。  ちらりとそちらを見やったら、彼とばちっと目が合った。小首を傾げ「なに?」という表情を見せる琥太郎はやはりいつもと全く変わらない。  昨日の一連の出来事はまったく無きものとされたのか……? それならそれでもいいけどさ、それにしても心がもやる。  そこからの授業なんて頭に入ってくる訳もなく、しかも盗み見するように琥太郎の方を向けば、かなりの高確率で琥太郎と目が合うのだ。こちらは振り向かなければいいだけなのに、見られているのかと思うと滅茶苦茶緊張する。  いや、これは自分の自意識が過剰なのだと頭を振るけど、昼休みになっていつもと何ら変わらない琥太郎から「今日のお前、挙動不審過ぎて笑える」なんて言われてしまったら、やっぱり見てたんじゃねぇか! と不貞腐れる。 「うっせぇ、琥太郎。飄々としやがって!」 「あはは、そんな風に見えるか?」  琥太郎が耳元に顔を寄せてくる。何かと思って身を引こうとしたら「これでも緊張してるんだぜ、せ・い・た・ろ・う?」と耳元で囁かれた。 「な……んで、その名前……」  思いがけず前世での本名を呼ばれて狼狽える俺を見て、琥太郎は嬉しそうにまたにっこりと笑みを見せた。 「おっし、正解! やっぱりお前だったか! はっは、可愛いやつ~」  遠慮もなく背中をバンバン叩き、満面の笑みの琥太郎は「昼飯、屋上行くか」と、俺の昼飯のコンビニパンを奪い取って俺の腕を引いた。  引きずられるように屋上へと連れて行かれ横並びに壁に寄りかかり、いつもと変わらない昼食だけど、俺の心は大パニックでパンなんて喉を通らない。 「それにしても貴澄、色々分かってたんならもっと早くに教えてくれたら良かったのにさぁ……って、痛っ」 「……なに?」  遠慮もなく弁当を食べていた琥太郎が微かに顔を顰めた。 「今、口の中切れてんの、女子に平手打ちなんて初めてされたわ」  相変らず琥太郎はからからと笑っているのだけど、平手打ちって、一体何が……? 「お前がもっと早くにお前の正体言ってくれてたら、こんな事にはならなかったんだからな」  琥太郎が俺の顔を覗き込み、そんな事を言うのだけれど言える訳がない、そんなのお前だって分かってるだろ? 「昨日姫と別れてきた」 「!?」 「そんでもって、俺が龍之介の方だって言ったら思い切り平手打ちされた。姫は相当龍之介が嫌いだったみたいだな。まぁ、その辺の理由も思い出したけど」 「え……? 思い、出した?」  またしても琥太郎はにっと笑って、俺の髪をくしゃりとかき混ぜた。 「ああ。姫にしてみれば許嫁であるはずの自分をほったらかしに、別に好きな奴がいる旦那なんて嫌に決まってる」 「!?」  青天の霹靂、俺はそんな話聞いてない! そもそも龍之介様にそんな恋の相手がいたなんて聞いてない、俺は知らない。  胸が痛い、やっぱりどうやっても俺は舞台の上に上がらせてももらえないのか? 「それにしても清太郎も育てば貴澄みたいになったのかな? ずいぶん大きく育ったよな」  撫でるように頭からおりた腕はそのまま俺の肩を抱き、こてんと俺の肩に頭を乗せた琥太郎の表情はよく見えない。ってか、今までも距離感近いと思ってたけど、今日はいつも以上で心拍が上がる。  お前、俺が昨日どんな気持ちで告白したか分かってんのか!?

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