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クリミナルアクト 3 須上健登
「出発は明日か。現地には通訳の人間も
いるそうだから、それほど気負うことは無い。
先方が何を望んでいるのかは知らないが、
大人しく従っていれば、満足してくれるだろう。くれぐれも機嫌は損ねないようにな。」
上司は、全くもって他人事のように話す。
それはそうだ。自分1人消えたところで
仕事にはなんの支障もないのだ。
担当してる営業とのやり取りが少し面倒だが、
引き継ぎをするような期間の出張でもない。
サルヴィオ・ジョルダーノが名指しで、
海外事業の何も手懸けていない健登を
呼び出すのか?
さっぱりと考えもまとまらないし、
言葉もわからない。
通訳がいると言っても、それが日本人なのか、
イタリア人なのかもわからない。
不安しかない中で、何を信じて
進んでいけばいいのか……
全くわからなかった。
何を命じられて、どう動けばいいのか、
仕事の内容すらわからないのだ。
結局、海外事業部に探りを入れてもらうも、
その詳細については探りきれなかった。
すっかりここ数日で、タバコを持ち
歩くようになり、喫煙所の常連に
なってしまった健登を同じ事業部の人間も
驚いていたし、他事業部の連中も、
喫煙所で健登と会うことに
最初こそ違和感を感じていたようだが、
今では普通に会話をしている。
「須上さんが、ここまで話す人だとは
思わなかった」
というのが総意のようだった。
それまでは存在を消すようにして
生活をしていたのだから、そう思われても
仕方の無いことだった……
自分の犯罪歴がどこでバレるのかに脅えて
生活していたのだから、自業自得では
あるのだが……
それでも、ハイリスクな仕事から
足を洗うタイミングが掴めなかった。
このタイミングで足を洗えないだろうか?
出発直前の空港で、組織に電話を入れた。
組織の方にもイタリアに出張の旨と、
もう、年齢的にあの仕事はムリになって
きてることを伝える。
替えはたくさんいるだろう?
とも。
こんなことをいえば命はないだろう?と
思いながらもあっさりと、もう依頼は
回さない、とすんなりと受け入れてもらえた。
ギリギリになって伝えたのは、会社と家の往復の間で、何をされるのかわからないからだ。
下手すれば飛行機を落とされて余計な被害者を
出すかもしれない恐れもあったから、
搭乗直前に連絡を入れたのだった。
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