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デ・ペンデント ・ ケント 1
すっかりイタリア語が板についてきて、サルヴィオとの会話もイタリア語で話すことが多くなってきた。日本語で話してたのは初めの2ヶ月弱だった。
最初のうちは何を話してるのかわからなかったが、徐々に単語からゼスチャーで、コミュニケーションをとっていたが発音をみんなが詳しく教えてくれたり、中にはサルヴィオのように他国語をマスターしてる人材もいたので、日本語だったり、英語からイタリア語を教えてもらった。まだ、会話が精一杯で読み書きは出来ないが、アメリカ英語なら話せたので、英語で会話をすることは可能だったが、土地柄イギリス英語 で話されると分からない単語が出てくる。
高校、大学がエスカレーター式のインターナショナルスクールだったので、校内では英語でしか会話が出来なかったのだ。
英語が話せるオレが何故、海外事業部へ行かなかったのか……オレが希望から外したからだ。
人身売買のクライアントとばったり、なんていうのは最悪だからだ。
こんなことなら、外国語はイタリア語を取るべきだった。外国語で選んでいたのは、スペイン語とフランス語だった。いつか、アルゼンチンやカナダに行ってみたい、と思っていたからだ。カナダはアメリカ英語圏とフランス語圏と分かれている。両方の言葉が使えれば、カナダに移ったとしても問題はなかったからだ。永住権も取りやすい国、というのもあり、最悪、殺される前に逃げることを考えてのことだった。
オレのしくじり話などどうでもいいとして、株だけはどの言語でも見れる。株の動向は会社内にいた時からチェックをしていたから、だいたいの動きがわかる。その点ではサルヴィオの役には立ってるようだ。
いくらサルヴィオと共に生きていく、と決めていても、ただ飯食いをするつもりはなかった。それなりに自分の知識はフル回転し、会社に利益を産むことも、自分のちっぽけな存在価値のひとつだと考えている。
――たとえお世話になった会社を追い込むことになったとしても……
株価は思った通りに下降し、今では会社存続の危機になりつつある。そんな時に片野から電話がはいり、サルヴィオに株を何故手放したのか、聞いてきたそうだ。素直に
『僕の片腕の指示だよ。もう、あなた方の会社を見限ったんじゃないかな?有能な人間を使いこなせない君たちが悪いんじゃないか?』
と悪びれもなく答えていた。それじゃ完全にオレが悪者だ。もう、関係のない話だが。
渡されたタブレットで会社の業績を見ると確かに良くないのは一目瞭然だ。まだ、イタリア語のパソコンは使いこなせない。
パソコンの使い方など多分万国共通だろうが、開いても文字が読めないのだ。出来て英語でのネットサーフィンがいいところだろう。
基本、彼のそばに居さえすれば、社内を歩いてる限りはなにも文句を言われない。
ただ、一つ気がかりになってることはあった。
オレが駄々をこねた晩、銃声が聞こえてきたことだった。一発ではない。数発の拳銃の音だ。サルヴィオが住まいとしている建物と会社の敷地はそれほど遠くない。
広大な敷地の中に会社の建物と住居としている建物が数件建っている。同じ建物の中でないことだけは確実だったが、遠くに聞こえた銃声に、まさか、サルヴィオが撃たれたのでは?と怯えた。何故、そう思ったのかはわからない。
でも、確実に誰かが撃たれて、怪我をしたか、又は殺されたことは間違いない事実だ。
『うちの仕事は24時間営業だから』
サルヴィオはそう言った。表向きな自分が採用されてる会社は少なくても24時間営業ではありえない。
自分には伝えていない、何か別の顔を隠してるというのが本当のところだろう。その証拠に
『僕のどんな顔を見ても嫌いにならないでね?』
そういったのだ。なんとなくはわかってるつもりではいたが、それが事実なのかの確証はなかったから、ずっと否定してきた。
ボケッと株価の動きを見ながらそんなことを考えていた。
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