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クリミナル アクト ♾ サルヴィオ 23

きっとこの人は何をさせてもこなしてしまうのではないか、と思う時がある。 それくらい仕事の判断が早く間違いがない。 「――って案件なんだけど、どう?そいつ使えると思う?」 「話を聞く限り、無理じゃないのか?おまえが要求することに対して、そいつが応えられるとは到底思えない。裏の仕事のことはよくわかんないけど、もっと悪知恵が働く奴がいるだろ」 ――その通りなんだけど 「いっその事、インカムでも付けさせて交渉の指示をケントに任せたいくらいだけど……現場には行かせないよ?ケントは頭はいいけど華奢すぎる。相手にナメられるのは間違いないし……何よりそんな危険な場所にケントが行くなら僕が行った方がマシだよ〜」 昼間の仕事の時はこの部屋でだいたい2人で事務処理をしていることが多く、ドアを隔てた向こう側に秘書課がある。二人しかいない空間だからか、珍しく情けない声を出してしまう 「おまえが行く方が危険度が高いじゃねぇか。頭がコロコロ変わる組織ほど信用ないとこはないんだからな?食わせてるやつがいるんだから下手な行動はしない方がいい」 フンっと鼻を鳴らし少し照れたように違う方向を向く。仕事に関してケントはストイックなところがある。伊達に部下を育てていただけのことはある、とつくづく思いやられる。 日本のあの企業は規模の縮小はあったものの、細々と会社は存続していた。ケントのお願いもあり、取引は続いている。大型のものをなるべく仕入れ、船は自社便を使っている。その時に子供を調達する為だ。片野はそれに気付いているのだろうか?余程のことがない限り、取引先からの電話などこちらには繋いでこない。 当時こそケントを取り戻すために必死になっていたが、直接のやり取りをしてからはこちらまで電話を回せとは言ってこなくなった。 たぶん、あのタイミングで『真田岳人』が死んだから勘のいい片野は身を引いたのだろう。 たまに名前を聞く程度だ。ケントに確認しても喫煙所で数回話したことがある程度で親しい間柄ではない、という。 そもそも目立たぬように生活してきたケントが会社の誰かと交友関係を持つはずもなく、顔を隠して、自分の担当の営業にはアドバイスより効率よく仕事を取ってきてもらい、契約にに必要な書類を作り上げてまとめて営業に持たせ、契約書に判を押させる。営業自身がアドバイスをアドバイスだと気づかない程度にさりげなく、そして確実な方法を教えていくのだ。そのための情報収集は営業からの話で大体の形は見えているのだろう、と推測される。 ケントは僕からの話だけで、部下がどんな人間かを的確に見極めてる。 「ロレンソが妊婦じゃなければ適任だったんだろうがなぁ……」 彼の中でもロレンソは信用たる人物と判断された。僕らは同期で泥水を一緒に啜りあった仲でもある。僕がいちばん信頼している友だと言うことを除いてもロレンソは寡黙だが、時に優しく時に冷酷になれる人物だ。ロレンソはこの国の孤児だ。言葉の壁はなかったが、その他の国の言語を叩き込まれている。僕ほどではないが、それなりに 英国英語(クィーンズイングリッシュ)からアメリカ英語、フランス語、スペイン語くらいまではマスターしていることだろう。僕はそこにアジア圏の言葉が追加される。 読み書きまでは出来なくても会話くらいは何とかなるものだと改めて思った。読み書きに関しては日本語でも怪しいくらいだ。ケントとの会話のためだけに言葉だけは学んでいたけれど、それを文字に、となると当時習っていたのはひらがなくらいだ。それすらも今は怪しい。日本からの書類は全てイタリア語か、英語で届いていたので困ることはなかったが。 日本へ送るための退職願を書いている時に覗きこんでみたが、わからない字が多くあった。そんな僕を見てケントは薄く微笑みながら 「ごめんな、こんなことも学ばせないうちから知らない土地でおまえは頑張ってたんだもんな、本当に偉いよ……本当にごめん」 と言った。僕がどの土地でどの言葉を覚えようが、僕はこの土地でのしあがることしか考えていなかったし。ケントを呼び寄せるための準備をしてきたつもりだ。 この人生を後悔などしていない。 むしろ幸せと思うべきだろう。15年という歳月をかけてしてきた準備が整って、晴れて騙すようにイタリアに呼び寄せた。あの頃みたいな髪型ではなく、顔のはっきり見える髪型にし、伊達メガネもかけていない本来のケントの姿だ。 12歳も年上だとは誰も思わないその容姿。日本人は元々若く見られがちだが、ケントはその中でも童顔の部類に入るだろう。僕と並んでいても肌の質は僅かにしか変わらない。キメの細かい瑞々しい肌をしていて、その上、甘く整った顔立ちをしている。僕のものだと言わなければ組織の慰みものになっていただろう。 「ケント、明日のスケジュールは?」 「……久々の休みとなっております」 何故か不服そうな表情を浮かべてスケジュールを告げてくる。 「なにか不服なことでも?」 そう微笑むと、大事な休みなんだから、おまえはきちんと休めよ?と言ってくる。もちろん休むし、ケントを補充しないと枯渇してしまう、と言ったらどんな顔をするだろう? 僕も出自は日本だがイタリアでの生活が長すぎた。日本人特有の『恥じらい』というものをどこかに落としてきてしまったようだ。

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