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デ・ペンデント ケント 10

だいぶイタリア語も読み書きできるようになり、日本語とアメリカ英語とイタリア語と3つの国の言葉を使い分ける。 今見ているのはサルヴィオが言っていた交渉相手の資料だ。ブツは銃火器。それほどぶっ飛んだものの取引ではないようだ。資料の中にロケットランチャーとかなくて良かった、と思うが、至近距離で打たれたら頭ひとつぶっ飛ぶくらいの威力を持つ武器も含まれている。FPSゲームでしか見たことない名前の羅列に、どこで使われてるなんて聞きたくもない。銃の所持を禁止している国はあるけれど、確実に持っていない証拠もない。銃火器類や違法ドラッグなどはグレーゾーンで売買されている。 確かに殺人以外の犯罪なら、と言ったが、人をダメにするものや傷つけるものと思うと複雑な心境になるが、取り扱っているものが医療用薬物にもなる、と言われれば多少楽にはなる。調べてみても麻酔に使われたりしているし、その為の化学班も存在していた。ただ、それは表向きの企業である。麻薬カルテルとの繋がりがあるのは間違いなく、あらゆるドラッグが書面上で流れていく。取引に使うための運び屋に難色を示したサルヴィオからの話から今に至る。 運び屋を指定してきたのが取引先ではあるものの、積載量に問題が発生した、というのが最初の引っ掛かりだ。1度に運べないものを数日に分けて運んだりすれば目立つ。だからといって過積載すればリスクが上がる。大型車2〜3台のものを何日にも分けて運ぶ意味がわからない。そのものが大きくなくても重量がそれなりにあるものもある。運び屋自体も何を運ばされるのか理解していないのかもしれない。もっと大きな船は無いのか?と尋ねると出払っている、という。戻るまで取引を伸ばすか、別便で送るか、という部分で先方と折り合いがつかずにいた。それに加えて保管しておく倉庫にも費用がかかる。専用倉庫を先方が借りて必要な時に持ち出せばいいのでは?と思うが、ただでさえ大きな金が動くことに対してそこまではできないと言い出す。面倒になったサルヴィオは考えることを放棄した。 「バカの相手をするだけ無駄」 と判断していた。船のことについて相手方の取引を直接行う幹部と電話でのやり取りをして双方納得いく落としどころに持っていきたい旨を伝える。その船舶会社はそういったものを運ぶ専門の会社ではなく、幹部の娘婿が所有している会社であることがわかった。もちろん優良企業で運ぶものなどわかっちゃいない素人企業とのことで、万が一を考え、今回はその会社を使うことを止めさせた。相手の手元に全てが納まってしまえば、その先をどうするのも相手の会社次第のことなので、そこまで口出すことはないが今回は裏の人間を使った方がいい、という結論になり、そこからは話は進んで行ったが、サルヴィオは自分が交渉した際には納得しなかったことをオレがしてしまったことにも不満があるらしい。 「なんで僕じゃダメでケントなら納得するの」 と子供のようなことを言い出す。立場的に上なのはもちろんサルヴィオだ。 「あっちもおまえが困ってることを承知の上で折れられない部分があったんだろうよ。別の人間を出して来たことで折れるしかないって判断したんじゃないのか?今回の運び屋に選んだ理由も自分より立場が上の人の身内らしい」 英国英語と米国英語の差もあるんだろうな、というところもあった。先方も英語圏の人間だったが、どちらかと言えばアメリカ寄りの英語を使っていた。サルヴィオには言わないが、サルヴィオもそれはわかっていることだろう。 自分が使っている方の言葉の方が受け入れやすい、特に日本などは特別な言葉が多い分、交渉に英語を使うような会社より日本語で済ませられる方が誰でも対応出来ていいだろう。喜怒哀楽についたってそうだ。感情を乗せやすいのは母国語で使い慣れた言葉のはずだ。ガクト……サルヴィオはイタリアにいる方が長いから感情を出しやすいのはイタリア語になるのだろう。 もし、オレがここで癇癪を起こして怒りだしたら、たぶん日本語か英語になるだろう。イタリア語で説教をできる気がしない。実際、拗ねたサルヴィオが口にしてるのはイタリア語だ。 「本当におまえは『サルヴィオ』だよなぁ…」 「え?何それ」 「真田岳人は存在しないって意味だよ」 「意味わかんないけど、間違いではないね」 「1番感情を乗せやすい言葉は何語だ?」 「今喋ってる言葉」 「だろうよ。自分が育った環境の言葉が1番感情を乗せやすい。オレは日本語か英語になるだろうけど、おまえはイタリア語だろ?」 ふぅん、という表情をして納得したような顔をした。

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