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第3話
結局来週の金曜日、仕事を皆して定時で切り上げて、別のチームから白い目で見られながら退社した。徳井が予約した居酒屋に、こんな時だけやっぱりしっかり堂嶋のチームのメンバーは集合していた。堂嶋のチームは割と堂嶋と同じくらいの年齢のメンバーが多く、事務所内には女性もいるが堂嶋のチームは男ばっかりだったので、余り気兼ねをすることがなかった。だから節度なく飲みすぎたり、上司だからって集っていいものと思っていたりするのだろうなと考えながら、堂嶋は目の前に置かれたビールをぐいっと飲んだ。来季は真中に頼んで、チームに女性を入れてもらうのもいいかもしれない。何となく落ち着かずに端っこに座る堂嶋から、少し離れたところに、一応は主役のはずの鹿野目が座っていた。相変わらず今日も無表情だ。目の前にはジョッキが置いてあるし、彼も結構飲んでいるように見えたが、顔色一つ変わっていないところを見ると、お酒には強いようだった。鹿野目の隣では佐竹がにやにやしながら何かを話しており、その隣の徳井は時々それに相槌を打っている。いつもの飲み会の光景だった。ふっと小さく溜め息を吐いて、堂嶋はジョッキを置くと立ち上がった。
「あれ、リーダーどっか行くんですか」
「あぁ、気にしないで、トイレ」
いつもは堂嶋さんと呼ぶくせに、こんな時だけリーダーなんて呼んでと思いながら、ご機嫌そうな様子の佐竹に対し堂嶋は眉間に皺を寄せる。すると佐竹はその顔をにっこりといい笑顔にして、空になったジョッキを挨拶みたいに持ち上げた。
「なんか頼んでいいすか、もうちょっと」
「まだ飲むの、終電前に帰りなよ、皆」
「まぁまぁ、そういう硬いこと言わずにー」
「分かってると思うけど、タクシー代まで出さないからね」
へらへらと佐竹が笑いながら言うのに、唇から勝手に溜め息が漏れるのを、堂嶋はもう隠すことはしなかった。いつもはストッパーになってくれる気の利く徳井も、今日ばかりは堂嶋が困っているのに、知らないふりをしてひとりで焼酎を飲んでいる。視線をすっと徳井から横にスライドさせると、図らずともこちらを見ている鹿野目の視線とぶつかって止まる。そういえば鹿野目はどこに住んでいるのだろう、堂嶋は知らなかった。佐竹も徳井もその他の所員も、飲み会が終わるころにはいつもそんな話になるので、堂嶋は大体彼らの住んでいる場所を把握しているつもりだったが、そういえば鹿野目のそれは聞いたことがない。
「あ、鹿野くん時間、大丈夫?」
「・・・あ、はい、大丈夫です、俺ここから家近いんで」
「じゃあいいすよねー!もうちょっといいすよねー!」
「うるさいなぁ!もう!好きにしなよ!」
相変わらずの佐竹に吐き捨てるようにそう言って、堂嶋は踵を返した。仕事は良く出来るし困ったことは何にもない気さくな良い連中ではあるが、飲みの相手には全くならない。ポケットに入れた携帯を取り出すと新着メールを知らせるランプが点灯していた。店の中をトイレのある場所まで移動しながら、それを開くと彼女からだった。堂嶋にはかれこれ付き合って5年目になる彼女がおり、現在は同棲をはじめてから3年目になる。メールを開くと先に寝てるねと言う内容だった。今日は飲み会だから遅くなると言うことはあらかじめ伝えてある。そろそろ堂嶋としては帰りたいものの、佐竹のあの様子を見ていると、帰れるかどうか怪しいところだと思いながら下唇を噛む。それになんと返信しようか、それとも了解のつもりで返信しないでおこうか、考えながら歩いているとどんと何かにぶつかって、堂嶋は慌てて顔を上げた。
「すみませ・・・―――」
携帯を見ながら歩いていたせいで、トイレの前で順番を待っていたらしい女性の背中に当たってしまったらしい。彼女が勢いよく振り返るのに慌てて謝ったが、その女の子は黙ったままじっと堂嶋の顔を見ていた。まだ若い、大学生くらいの女の子に見えた。
「あれ、そうちゃん?」
「え?」
「やっぱりそうちゃん、どうしたの、こんなところで」
彼女はそうちゃんと堂嶋のことを呼んで、にっこりと微笑んだ。堂嶋の名前は悟サトリといい、全くそうちゃんとは無縁だ。彼女の顔も知らない。目の周りがじっとりと赤い彼女は、きっと酔っぱらって誰かと自分を勘違いしているのだと思って、堂嶋は目の前で慌てて手を振る。
「いや、人違いで・・・―――」
しかしするりと彼女が手を伸ばしてきて、堂嶋の首にそれが絡まる。あ、と思った瞬間に引き寄せられて、唇に柔らかい感触が触れてそして離れた。途端に頭が真っ白になる。呆然としている堂嶋の顔を近距離で見て、彼女はたった今ようやく気が付いたみたいに眉間に皺を寄せる。そして堂嶋の首からするりと自分の腕を抜いた。解放される体がぐらりと揺れる。
「あれ、そうちゃんじゃない・・・?」
「・・・だ、から・・・そう、い・・・」
「あ、ごめんなさーい。えへへ」
「ご、ごめんなさ・・・い!?」
余りにも軽く謝られて、堂嶋は目を白黒させながら彼女の言葉を反芻した。事が事なので大袈裟に被害者面することも出来ずに、一体どんな風に反論したらいいのか分からないので性質が悪い。すると後ろの扉が開いて、中に入っていた女の子が出てくる。
「恵理子、開いたよー」
「あ、うんー。ほんとにごめんなさーい」
両手を胸の前で合わせてにっこり微笑まれて、堂嶋はそれに何と言ったらいいのか、さっぱり分からなかった。謝っているので許したほうが良いのだろうか、それにしても。見る間に彼女は扉の奥に消えていく。代わりに出てきた女の子が、訝しげに堂島の顔を見ながら隣を過ぎていくのに何故か気まずい思いがする。一体何だったのだと思いながら、堂嶋は唇を手の甲で拭った。一瞬の出来事過ぎて理解が追いつかない。もう戻ろうかと思って踵を返すと、振り返ったところに鹿野目が立っていた。
「うわっ」
吃驚して思わず声を上げる。鹿野目は無表情のまま、堂嶋に向かって軽く会釈をした。全く気配を感じなかったが、いつからそこにいたのだろう。堂嶋の足が勝手に後退する。ふっと先程名前も知らぬ女の子相手にやっていたことを思い出して、堂嶋は背筋が寒くなる。伺うように鹿野目に視線を戻してみても、無表情の鹿野目は何を考えているのか分からない。
「か、鹿野くん・・・」
「はい」
「い、まの、見てた?」
「・・・あー」
気のない返事をして、鹿野目は何故かジャケットのポケットから携帯電話を取り出した。そして指先でそれを操作し、ぱっと画面を堂嶋の方に向ける。思わずそれを覗き込むと、そこには堂嶋と先程の女の子がキスをしている写真がしっかりとおさめられていた。
「え、え・・・?」
「今のってこれですか。見てたと言えば、見てました」
「・・・なん・・・これ・・・撮って・・・え?」
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