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第7話

堂嶋の唾液で濡れた唇で、鹿野目が低く呟く。敢えてそのままにしているのだなと堂嶋は俯いて考えた。どうしてそんなことをいちいち言ってくるのだろうと、見上げたところで鹿野目の無表情がそこにあるだけで、堂嶋の助けになってくれそうなものなんてどこにもない。 「鹿野くん、俺のことがほんとに好きなの。嫌がるようなことをさせて、それで君は・・・」 「本当に好きですよ、だから悟さんの喜んでいる顔も嫌がっている顔も善がっている顔もイってる時の顔も、全部見たい」 「・・・は」 「と思っています」 「・・・丁寧な説明・・・どうもありがとう・・・」 せめて少しは冗談っぽく笑ってみるとか、して欲しかった。相変わらず鹿野目はひどい無表情のままだ。取り敢えず、後半は聞かなかったことにする。鹿野目を見ると、黙ったまま指先を動かして、はやくと続きを急かしている。はぁと溜め息を吐いて、堂嶋は目を瞑って考えた。彼女にキスをしている時のことなんて、良く考えないと思い出せそうもない。付き合って5年目で同棲をはじめてもう3年だ。ラブラブだった時期もアツアツだった時期も勿論あったが、そんなことは遥か忘却の彼方で、今ではほとんど同居人みたいな感じだ。その雰囲気や空気感を、堂嶋はそれはそれで気に入っており、多分そろそろ彼女と結婚するのだろうなとぼんやり考えていた。なのに今どうして、同性の部下の部屋のソファーで、キスを迫られているのだろう。うんざりしながら目を開ける。一応言われるままに考えてみたが、考えても思い出せなかった。 「悟さん、はやく」 「ほんとに、鹿野くん、君は、どうしてそんな」 言いながら仕方なくまた距離を詰める。すると鹿野目が手を取って、それを勝手に自分の首に回した。そうして鋭い目をふっと閉じる。目を閉じただけで鹿野目は随分幼く見えて、堂嶋はそれを見ながらこの男は自分より年下なのだと言うことを改めて思った。 「別に、悟さんに俺のこと好きになれ、付き合えって言ってるわけじゃないんで、良いでしょう」 「そのほうがよかった、断れるから」 「嫌いになってもらってもいいですよ、俺は好きですけど」 「だからそういう・・・―――」 言葉を切って、堂嶋は勝手に鹿野目が回した手に力を込めた。そういうことをまるで他の何かを言うみたいに、鹿野目の口からぽろぽろ零れて、堂嶋はそれが少しだけ勿体ないと思った。好きになってくださいと言われる方が健全で分かりやすい、こんなふうに見返りのない愛を囁いて、それで彼は一体何を求めているつもりでいるのだろう。悲痛に眉を顰めることを、あんなに簡単にするくせに。感情の表に出にくい彼でも、そんな風に痛みに眉を顰めることくらいはできるのに。 (鹿野くんは、多分、本当のことを言っている、けど、なんかそれは、違う) そのまま鹿野目の下唇に指をかける。指をかけたまま堂嶋はそれを塞いだ。薄っぺらい唇は、何の味もしないけれど、目を瞑っていると誰とキスをしているのか分からないくらい、それは柔らかい唇だった。唇を割って鹿野目の口の中に侵入すると、ゆっくり歯茎を舌でなぞった。大人しくされるままにしていた鹿野目が、ふっと突然目を薄く開いて、堂嶋は慌てて体を引こうとしたけれど、肩を掴まれてそのまままた引き寄せられる。奥から鹿野目の舌が伸びてきて、簡単に堂嶋のそれを捉えた。 「・・・ぁ、ふ・・・っ・・・はぁ」 散々口内を貪った後、堂嶋の唇を離して、鹿野目は無表情のまま、唇に付着したどちらのものとも分からない唾液をぺろりと舐め取った。息の上がった堂嶋とは正反対で、自棄に平然としているのも冷静でいるのも可笑しいと思ったけれど、今はそれを指摘している場合ではなかった。 「まぁ、いいとします」 「・・・しゃしん・・・けして」 「はい、じゃあ今ので一枚、約束なんでちゃんと消します」 「・・・いちまい・・・?」 呆然としている堂嶋の唇を、また顔を寄せて鹿野目が舐める。同じように付着した唾液を取ったのだと気付いたのは、それから随分後になってからだった。そのまま唇は首筋に降りて、鹿野目の口が鎖骨を噛む。びりっと痛みが走って、堂嶋ははっとした。今呆然としている場合ではない。鹿野目の体を思わず押し返そうとしたが、上手く力が入らないで慌てる。 「鹿野くん、ちょっと、ま」 「なんですか」 いつものように温度のない鹿野目の声が返事をする。堂嶋の着ているシャツを捲り上げて、鹿野目はそのまま堂嶋の胸の突起を口に含んだ。びくりと体が震える。慌てて堂嶋がシャツを直そうとしたが、鹿野目の力が強くて上手くいかない。 「ちょ・・・待って・・・あっ、ん」 「ちゃんと聞いているんで早く言ってください」 尖ったそれにふっと息を吹きかけて、鹿野目は平然と言う。 「な、なにして・・・あ、あと一枚って言うのは・・・」 「悟さんの体を舐めています。写真は一枚とは言っていません、連写しているんで」 「あー・・・百点満点の分かりやすい回答だ・・・」 「ありがとうございます。続けて良いですか」 それに律儀にお礼を言ったりして、一体自分たちは何をやり取りしているつもりでいるのだろう。考えながら堂嶋は両手で顔を覆った。いつの間にかまた鹿野目に押し倒されてマウントポジションを取られている。違うのは背中に感じる感触くらいだ。ずるりと片手をずらすと、そこにいたはずの鹿野目の瞳はもうなく、色のしっかり抜かれた髪の毛の塊が、捲ったシャツの下を這っている。 「ちょっとま・・・あっ、や、そん、舐める、な」 「はぁ、痛い方が好きなんですか、悟さん」 「ちが・・・鹿野くんちょっと、俺、キスは別にいいけど君とその、セックスまでするつもりは、ない」 「そうですか、じゃあその気になってください。俺はするつもりなので」 「何で君は、そんなに一方的なんだ」 「良く考えてください悟さん、さっきも言いましたけど、悟さんが俺に何か指図できる立場じゃないんですよ」 言いながら上半身を起こした鹿野目は、邪魔だと言わんばかりに着ていたロンティーをばさっと景気よく脱いだ。締まった肉体が露わになって、同性と分かっているのだが、思わず堂嶋はそれから目を反らした。見てはいけないものを見せられているような気がする。 「悟さん、だからさっきも言いましたけど、俺相手にそんな赤くならないでください」 「・・・だって仕方ないだろ、君が、そんなに真っ直ぐ、好きだなんて言うから」 「はぁ、俺のせいですか」 「だって、俺、そんな風に誰かに、言われたことなんて」 「彼女いるくせに」 「・・・―――っ」 吐き捨てるように鹿野目が言う。

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