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第15話
寝室の中は暗かった。鹿野目が意図的にそうしているのかもしれないが、暗い部屋の中は堂嶋の良く知らない匂いがしていた。鹿野目に両腕を掴まれて、深いキスをされている間に、ふわっと同じ匂いがして、ぼんやりと堂嶋はそれが鹿野目のつけている香水の匂いなのだろうと思った。唇が離れるのをまた目で追いかけるようにして、若い子は男の子でも香水なんてつけているのだな、でもそういえば真中も傍まで寄るといつも良い匂いがしていて、真中もきっとつけているのだな、などと現実を見たくないせいで思考が脱線していく。とんと突き放されるみたいに鹿野目が腕を離して、相変わらず優しさと厳しさの間を行ったり来たりする不安定な動作に、こちらまでが本来は要らぬ不安を抱いてしまったりする。
「悟さん、はやく、服脱いでください」
「・・・はやくったって鹿野くん、俺にも一応羞恥心とか色々あるんだけれど・・・そんなに簡単に」
「俺に脱がされる方が嫌でしょう、自分で脱いだ方が身のためですよ」
「・・・結局どっちもどっちな気がする・・・」
ぶつぶつ言いながら、堂嶋は仕方なく着ているシャツを脱いだ。脱いでからそういえばこれは昨日彼女がアイロンを当ててくれたシャツだと、ふと思い出した。自分も仕事で疲れているのに、悟くんにしわくちゃなシャツ着せられないよと笑ってアイロンをしてくれたシャツだった。ふと堂嶋はその暗がりの中で、目頭が熱くなって、このまま泣いてしまうのではないかと思った。
「悟さん?」
「・・・か、鹿野くん、俺、やっぱり・・・もう」
「何言っているんですか、ここまで来て」
「だって、こんなの。君のためにも何にもならない、止めたほうが良い、不毛だ」
「俺がそれで良いって言っているんです、だから良いんです。早く服脱いで、そこに膝ついて座ってください」
「・・・いやだ・・・」
はぁと鹿野目が呆れたように溜め息を吐いて、堂嶋はシャツを握ったままそこに立っていた。握った手が情けないくらい震えていて、堂嶋は自分でも仕様がないと思ったがそれを止めることも出来なかった。鹿野目に給湯室で釘を刺されてから、勿論色々覚悟して、ここまでやって来たつもりだったが、土壇場でこんなことを思い出してしまったら、もう鹿野目の言うことなんて、右から左に物分かりの良い子どもみたいに、聞くことなどできなかった。鹿野目はふうともう一度息を吐くと、立ち上がってベッドサイドのテーブルの上の携帯電話を取った。そしてそれを無言で堂嶋の方に向けた。
「・・・鹿野くん、お願いだからもう」
「そうやって、俺のこと考えているふりして、一体誰のこと考えているんですか」
「・・・か、鹿野くん、また、怒って」
「嫌がられているほうが良いか、そのほうが俺も変な期待をしないで済む」
ぼそっとまた独り言を言うみたいに鹿野目は言って、ぽんと携帯電話をベッドに投げた。僅かな重みで布団が沈む。堂嶋はそれをただ見ていた。鹿野目の手が伸びてきて肩を掴んで、ベッドの上に引き摺るように倒されるまでずっと見ていた。そうやって鹿野目が自分の中に沸く焦燥を、頭で理屈で処理しようとするたびに、圧倒的に現実を欠いていくことを、多分鹿野目は分かっていない。倒されたまままた唇にキスをされる。堂嶋は手に握っていたシャツをはらりと落とした。
「30枚の連写なので、後28枚あります」
「・・・あと28回もこんなことをするのか・・・君は」
「さぁ、28回も時間があるか、俺には分かりませんけれど」
「時間・・・?この間もおんなじことを言ってたけど、時間って一体・・・」
きっと鹿野目にきつく睨まれて、堂嶋はそれ以上の言葉を飲み込んだ。彼は何かに追われていて、何かに怯えている。それが自分とどう関係があるのかないのか分からない、助けになるのか障害になるのか分からない。鹿野目の舌が首筋を舐めて、堂嶋は体を固くした。そんなこと、自分が考える必要のあることなのか、ないことなのか、堂嶋には分からない。分からないことだらけだ。
「か、のくん」
「俺も期待をしないので、悟さんも俺に変な期待をしないでください」
「・・・変な期待って・・・なんだ・・・」
鹿野目はそれには答えなかった。ぞんざいに堂嶋のベルトに手をかけるとそれを手際よく外し、パンツと下着を剥ぎ取るみたいに脱がせる。それにまた顔が熱くなって、そんな自分のあられもない姿も、それを無表情で眺める鹿野目のことも両方とも見ていられなくて、堂嶋は腕で顔を覆った。鹿野目がそれを呆れたように鼻で笑う気配が頭の上でするのに、悔しくて唇を噛む。
「いいですよ、そうやって、彼女の顔でも思い浮かべとけば」
酷く投げやりに鹿野目がそう言って、また堂嶋は何故か少しだけ腹が立った。腕を外すと鹿野目の色の抜けた髪の毛がふわっと動いて、堂嶋の目の前を過ぎてった。そしてそのまま堂嶋のモノを鹿野目は躊躇なく咥えた。びくりと体が性急な刺激に跳ねる。
「ひっ・・・」
くちゅりと卑猥な水音がして、鹿野目が頭を動かして急に声を上げた堂嶋を見上げた。その唇がやはりどう見ても、堂嶋のモノを咥えている。堂嶋はワケも分からず首を振った。鹿野目は無表情で何にも言わないまま、唇と舌の動きを再開させた。
「やっ・・・うぁっ・・・」
鹿野目は堂嶋の気持ちのいい場所のことを、まるではじめから知っているみたいだった。堂嶋のそれは刺激されればされた分だけ鹿野目のそれに応えるみたいに勃ち上がって、先走りを零しはじめる。鹿野目がそれを舐め取るようにして、先端をきつく吸うと、堂嶋は背中がゾクゾクと脈打つのが分かった。鹿野目は時々堂嶋の反応を確認しながら、口と手を使いながら実に器用に堂嶋のそれを扱った。
「あ、あぁっ・・・は、かの、くん、っ」
「イイですか、悟さん」
「あ、んんっ・・・だめ・・・っはぁ」
「相変わらず良い反応するなぁ、俺でもいいんなら、ほんとは誰でも良いんだろうなぁ・・・」
ぼんやりと鹿野目が呟くように言って、堂嶋のそれにふっと息を吹きかけた。びくっと堂嶋の体が跳ねる。堂嶋は下唇を噛んで、またそれを口に含もうとした鹿野目の体を足でどんと蹴った。鹿野目の体がよろけて、少しだけ距離が出来る。鹿野目の手はまだ堂嶋のそれを掴んだままだった。
「あぶな・・・悟さん、アンタ、噛んだらどうするんですか」
「う、るさい!君は、ほんとに、勝手だ!そんなこと簡単に、言って!」
「何怒ってるんですか?」
「だって・・・うぁっ、ちょ・・・やめっ・・・んんっ」
聞きながら鹿野目が手を動かして、堂嶋の頭の中から言葉が零れる。聞いておいて鹿野目はその続きが聞きたくないのだと、快楽に支配された思考の中でぼんやりと堂嶋は思った。鹿野目は無表情で何にも感じていない風を装いながら、いつも何かに怯えているようだったから、きっとその正体がこの話の続きにはあるのだろうと思ったけれど、堂嶋にはそれを確かめる術がなかった。
(誰でも良いだろうなんてそんなこと)
(どうして簡単に言えるんだ)
堂嶋には分からない。
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