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第16話

「あっ・・・―――」 咥えたままの鹿野目の口の中に白濁を吐き出して、堂嶋はぐったりとベッドの真ん中で息を吐いていた。見上げると鹿野目が口元を手で押さえている。それに少しだけ堂嶋の良心が痛んで、おそらく鹿野目に対してそんなものを持ち合わせる必要はないのだろうが、堂嶋はいつも肝心なところで目を伏せてこちらを見ないようにする鹿野目のことをやっぱりどこか脇の甘いところで完全には悪者にできなくて、困っている。きっとそれは鹿野目との関係がこの部屋やこのベッドの上で完結する関係ではないからという理由も孕んでいる。鹿野目の手がすっと口元から離れる。唇の端に白いモノがついている。 「か、のくん、ごめん、そのまま、出し・・・」 起き上がって両手を受け皿にして鹿野目の顔の下に差し出すと、鹿野目はそれに少しだけ首を傾げるような仕草をしてから口を開いた。 「これなんですか、悟さん」 「・・・あれ、鹿野くん・・・俺イって・・・あれ・・・?」 鹿野目は黙ったまま唇の端についた精液を指で拭うと、それを自身の口に入れようとして少し躊躇すると、ぼんやりとこちらを見上げている堂嶋の口の中にやや乱暴に突っ込んだ。堂嶋が言葉と一緒に息を飲んで、満足して指を抜く。堂嶋の唾液がべとりとついているそれを、今度は躊躇する仕草はなしにぺろりと舐める。そこでやっと堂嶋ははっと我に返った。 「の、飲んじゃったの・・・?」 「そういうAV見たことありませんか」 「かの、くん・・・ほんとに、君は・・・」 「次は悟さんがしてください」 「・・・へ?」 まだ目の前のことが処理しきれていないのに、次の課題をどんと机の上に積まれたような気分だった。堂嶋が言葉を失っていると、鹿野目はベッドサイドからマルボロの赤箱を取り、中から煙草を抜くと同じくベッドサイドにあるテーブルに置いてあったライターで火をつけた。ふうとそれを天井に向かって吐き出す。堂嶋を見やるとまだ目の前でぼんやりと言葉を失って固まっている。 「俺のも舐めて、悟さん」 「・・・い・・・いやだ・・・」 ベッドの上で体を捻って堂嶋は後退した。ふうと鹿野目が溜め息を吐くと、それが白く煙る。 「上手にできたら3枚消してあげますよ」 「さ、さんまい!」 鹿野目はベッドサイドのテーブルにまた手を伸ばして、煙草の灰をとんとんと落とした。三枚と言われてもまだ何か思案している様子の堂嶋の肩を掴むと、堂嶋は思考を中断させて、びくっと体を硬直させて鹿野目のほうを見た。もう給湯室で全部消せと怒鳴ったことは忘れているらしい。 「はやく、悟さん」 「う・・・俺はどんどん、君に浸食されている気がする」 「俺のせいでもいいですよ、別に」 言いながら俯く堂嶋の横の髪の毛をさらっとかき上げるようにして撫でると、鹿野目は堂嶋に顔を寄せて唇に触れるだけのキスをした。そういう優しいキスが一番照れる、それが性欲には直結していないから、きっと彼の純粋な愛情だから。顔を上げると鹿野目はまた少し眉間に皺を寄せた。きっと顔を赤くしていることを咎めているのだろう、咎められてももう分からない。堂嶋には分からないのだ。唇を舐めると少し苦い味がした。煙草の味だろうか、堂嶋は吸わないので分からない。 「・・・どう、したらいいの」 「さっき俺がやったみたいにしてください」 「さっきって、俺、よく分かんな・・・」 ふうと鹿野目が吐き出した煙で目の前が濁る。鹿野目は上半身は裸だったが、下はテーパードのパンツを履いたままだった。ちらりと伺うように鹿野目を見ると、顎をしゃくるようにされて促されただけだった。一応自分は彼の上司なのだけれどと思いながら、堂嶋は深く溜め息を吐いた後、鹿野目のベルトに手をかけた。単純な仕組みのそれを、照れた指先で必死に解く。ジッパーを下ろすと、鹿野目が腰を浮かしてテーパードのパンツを脱いだ。座ったまま下着だけになった鹿野目は、またベッドサイドの灰皿の上に灰を落とした。堂嶋はそれを見ながら下着の上から鹿野目のそれに触れてみた。 (・・・勃ってる) 不思議ではあるが、こういう時にやっぱり鹿野目は自分のことが好きなのだろうと堂嶋は再確認する。ちらりともう一度見やると鹿野目は堂嶋のことを見ていなかった。こうやって肝心な時は目を反らしている。自分で命令するみたいにしたくせに、土壇場で結局怖いのだろうと思った。鹿野目が何に拘っていて、何を怖がっているのか分からないが。堂嶋は鹿野目に体を寄せて、下着の中に手を入れた。半分くらい勃ち上がっているそれを両手で包むようにする。自慰行為をするみたいに上下に抜くと、鹿野目の広げた足の内側の筋肉が、痺れて僅かに震えた。顔を上げて鹿野目を覗き込むようにして見る。 「悟さん、くち」 「く、口はちょっと、抵抗が・・・ある、なぁ?」 「良いから早く、咥えて」 こちらの言い分は全く無視なのだろうか、眉間に皺を寄せた鹿野目が俯いたまま呟くように言って、堂嶋は困って閉口する。堂嶋の手の中の鹿野目のそれは、じわじわ体積を増して硬くなり、とろとろと先走りを零しはじめている。咥えなくたってこのままで十分そうに見えるのに、と思いながら堂嶋は探るみたいに鹿野目を見る。その先に真意なんて簡単に見つからないことは分かっているけれど。 「鹿野くん、気持ち、いいの?」 「悟さんだって、勝手だ・・・っ」 「え?」 「俺がアンタの事、苦しいくらい好きなの、知ってるくせに」 「・・・―――」 眉間に皺を寄せたまま、鹿野目はぐいっと堂嶋の肩を引き寄せて、下唇にキスをした。深いキスは鹿野目の方が息が続かなくて、また強引に唇が離れる。気持ちのいい顔は、苦しそうな顔に似ている。堂嶋は鹿野目のそれを握ったままで思った。 「気持ち悪いわけ、ないだろ」 「・・・―――」 じゃあもっと嬉しそうな顔をすればいいのに、俯いたまま荒い息を隠すみたいに肩を上下させる鹿野目のことを見ながら、堂嶋は少しだけ悲しくなって、そしてそんな風にしかできない鹿野目のことを、少しだけ可愛いと思った。それは勿論純粋な愛情なんかではなかったけれど。 (苦しいくらいって、どういう気持ち?) そんなの分かるわけない。

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