「そういや堂嶋さん、式の日程とかもう決まったんですか」 ふと佐竹がそんなことを言い始めたのは、季節が変わろうとしている頃合いだった。堂嶋は持っていた資料から視線を上げて佐竹を見やる。会議にすっかり興味がなくなってしまっているらしい佐竹は、椅子に凭れ掛かりながらコーヒーを傾けている。 「いや、まだ全然・・・」 「まだなんですかぁ？でも式場とか色々見て回ってるんでしょ、俺たちも色々準備することあるんで早く決めてくださいね！」 「え？なんで佐竹くんが準備することがあるの・・・？」 「そりゃあるでしょうよ！余興とかなんかするでしょうよ！俺は柴さんとデュエットするんですから堂嶋さん頼みますよ！」 「・・・あんまりそういうこと言ってるといい加減怒られるよ・・・」 うんざりしながら堂嶋が肩を落として呟くと、冗談のつもりではなかったらしい佐竹はそれを見ながら黙って唇を尖らせていた。 「まぁデュエットは兎も角、俺たちも楽しみにしてるんで、決まったら早めに教えてくださいね」 隣に座っていた徳井が、堂嶋の肩をぽんぽんと叩きながら言う。佐竹の理不尽な言動のフォローなのかどうか分からないが、声はいつもより優しいような気がした。それにつられるようにふっと視線を上げると、徳井の向こう側に座っている鹿野目がこちらを睨むような視線で見ているのと目が合って、堂嶋は飛び上るほど吃驚した。チームの会議に彼が出ていることを今まで失念していた。 「俺たちよばないとかなしですからね、俺たちが堂嶋さんと咲ちゃんのことをどれだけ羨ましく指咥えて応援してたか知ってるでしょ」 「う、うーん・・・分かったよ・・・もうこの話良くない？」 「なんかはぐらかそうとしてるでしょ！リーダー」 机の上に乗りだすようにして佐竹が吠える。今日の佐竹は一体どうしてしまったのか、面倒臭い程絡んでくる。いつもなら少し宥めたら逃げられるのに、それが今日に限って上手くいかない。卑怯だと思っていたけれど、徳井の陰に隠れて鹿野目の視線から逃れながら、佐竹が他に食いつきそうなネタはなかったのかと適当な返事をしながら頭をフル回転させる。 「あ、そうだ、鹿野。お前、堂嶋さんの彼女見たことないだろ」 「・・・あ、はい」 黙っていた徳井が不意に楽しそうな声で鹿野目に話を振って、堂嶋は心臓が止まりそうなほど吃驚した。恐る恐る鹿野目の様子を見やると、徳井のことを見ている鹿野目の表情はいつもと同じ無表情だった。それに何故だか少しだけほっとする。 「咲ちゃんって言って、かわいい子なんだよ。美人っていうよりかわいい系だなー、いつもにこにこしてさ」 「へぇ」 「あ、そうだ。堂嶋さん写真あります？写真」 「え、しゃ、写真・・・？ないよ、ないない！」 徳井がどうしてそんなに暢気にしていられるのか、堂嶋にはよく分からなかったが、手をぶんぶん振り回して要求は却下する。徳井は過剰に反応する堂嶋の様子を少しだけ訝しがりながら、眉を顰めて鹿野目に向き直り、また何やら咲の話を始める。彼らが咲のことを知っているのは、一度飲み会の席で堂嶋がつぶれてしまった時、迎えに来たことがあるのだ。堂嶋は記憶がないのでよく分からないが、次の出勤日にメンバー皆に囲まれて、あんなかわいい子と！と散々言われたのは覚えている。 「あ、俺、写真持ってるよ」 「佐竹くん！」 すると大人しくしていた佐竹が立ち上がって、携帯を徳井目がけて放った。液晶には飲み屋の机に突っ伏している堂嶋の隣で照れたようにピースをしている咲の写真が表示されている。徳井は佐竹の携帯を慣れた様子で操作して、すっと画面を鹿野目の方に向けた。 「ほら、かわいい」 「・・・ほんとだ、すごく、かわいいですね、堂嶋さんの、カノジョ」 魚のように口をぱくぱく動かして、全く感情の籠っていない声で鹿野目がそう言うのを、堂嶋は聞いていられなくて耳を塞ぐようにして机に突っ伏した。 「うっ・・・あ・・・ありがとうございます・・・」 「なにそんなに照れてるんですか、堂嶋さん」 佐竹の携帯を操作しながら徳井が心底不思議そうに言う。 「照れてないよ！君ら！ほんともう！こんなことで会議室占領してたら真中さんに怒られるよ！」 「オイ、佐竹、お前咲ちゃんと肩組んでる写真あんじゃん、だめだろこれ」 「えー、いいじゃん。だって咲ちゃんかわいいんだもん！ドレスもきっとかわいいんだろうなー！はー早く見てぇ」 「君たち！俺の話聞いてる？ねぇ！」 机を叩いて堂嶋が怒鳴ると、徳井の隣に座っていた鹿野目がすっと立ち上がって、ちらりと堂嶋のほうを見やった。びくりと肩が震える。相変わらず無表情だったが、眉間には細かくしわが刻まれていて若干機嫌が悪いことが伺える。背筋を冷たい汗が伝うが、隣に座っている徳井は、まだ興味深そうに佐竹の携帯をいじっている。表示されている写真は最早咲とは別のものになっており、話題もいつの間にか横道の横道にそれはじめていた。机の上のぺらっぺらの会議用資料を鹿野目が掴む。 「俺、もう戻りますね」 「おー、お疲れ」 「ちょっと、待って、鹿野くん」 その殺気立った背中に何を言うつもりだったのか分からないが、何となく逃したらまずいことになりそうだと思って、堂嶋は鹿野目を追いかけようとしたが、進路を徳井に簡単に塞がれる。相変わらず右手には佐竹の携帯電話を持ったままだ。 「堂嶋さん、ほら見てください、これ、この間俺と佐竹と織部でコンパした時の写真なんですけどー・・・」 「君らいい年してまだそんなことしてるのか！」 「だってしょうがないじゃないですか！俺らは堂嶋さんと違って彼女のいない負け組なんですよ！」 「あ、いや俺はいるんだけど一応」 「徳井くん！君、彼女がいるのにコンパに行くの止めなさい！」 「すいません、なんか人数が足らないって呼ばれてしまいまして・・・」 へらへらと笑いながら後頭部を掻く徳井を見ながら、こんなことどうでもいいはずなのに、すっかり足止めをされてしまって、もう追いかける気力すらない。そもそも追いかけて鹿野目に言う言葉も見つからない、取り繕うこともできない。どうせすべて事実なのだ。目の前で徳井が手を伸ばして佐竹に携帯電話を返していた。佐竹がささっと画面を操作して、写真の続きを見ている。それを見ながら堂嶋はふと思い出した。 「徳井くん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」 「なんですか？」