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第二話 発覚②

 それから数日経ち、俺は今病院にいる。 「もー、後で昼飯奢れよ」 「ごめんって」  大学近くの大きな病院だ。受付を済ませて、自分の番が来るのを、ベンチに座って待っているわけだ。  隣にはいつもの友人がいる。俺のケツを狙っている、有澤(ありさわ)だ。明るい茶髪にほっそりした顎の背の高いオシャレなイケメンだけど、色々遊んでいると噂の残念な奴だ。  実際のところ男女問わずオモテになるようで、俺を誘ったのもそんな遊びの延長線上だった。  ただ友人としてはめちゃくちゃいい奴なので、有澤のことは気に入っている。 「まさかあんなとこで転けるとはおもわねぇよ…どうしたんだ?」  有澤は訝し気な顔をしている。当然だ。俺はさっき大学の講義室で、みんなの前で盛大にすっ転び、机の角に頭を打って血を垂れ流した。  何もないところで転んだ俺を見ていた学生らが軽く悲鳴を上げ、気付いた有澤が助けてくれた。持っていたハンカチで額の傷を抑え、そのまま病院まで付き添ってくれたというのがこれまでの経緯だ。  頭の血はなかなか止まらないというけれど、確かにその通りで、有澤のハンカチも手も血だらけだった。 「わからん…最近よく転ける。もともと鈍臭いんだけど、最近のはホントよくわからん」 「ああ、見るからに鈍臭そうだよな、律」  妙に納得した顔の有澤だ。失礼な奴。でも助けて貰ったのだから、彼の言うように昼飯くらい奢ってやろう。 「これじゃあ今日の飲み会もキャンセルだなぁ。俺は行くけどさ」 「へいへい、精々楽しんでこいよ」 「そんな顔しなくても、記念すべき100人目はお前だよ」 「はあ?」  有澤がニヤリと笑う。整った顔に、残念な笑みだ。 「100人目の男は律って決めんの。女はノーカンで」 「本気で言ってる?」 「もちろん」  俺は呆れてため息も出なかった。  有澤はいわゆるヤリチンというやつで、男女問わずワンナイトラブを楽しんでいる。バカみたいな話だけど、今までヤった人数を数えているのだ。  男何人、女何人と。  その記念すべき男100人目は、なんでか俺がいいらしい。 「もしかして、あの日から男とはヤってないの?」  あの日というのは、つい3ヶ月ほど前の合コンで、酔っ払った有澤が俺をホテルに連れ込んだ日のことだ。 「そうだよ。俺とホテルまで行って、ヤらなかったのはお前だけだ。傷付いたよ」 「いや、そうは言っても」  俺は確かにゲイかもだけど。有澤は友達だし。初めてだし。そりゃ緊張してしまったわけで。 「だからさ、俺の記念すべき男100人目は律って決めてんの」 「いやなんだけど」  ショック!という顔をする有澤が何か言う前に、「中村律さん」と名前を呼ばれてホッとした。  診察室にはまだ若そうな男の医師がいて、優し気な顔で「どうぞ」と椅子を進めてくれた。背後に控えた女性看護師は、どう考えても有澤を見つめている。 「転んで頭を切ったの?」  有澤と2人がかりで抑えていたハンカチを取ると、どうやら血は止まっているようだった。医師が立ち上がって傷口を熱心に観察する。 「はい。大学の講義室で。あの、縫ったりとかしなきゃダメですか?」  ビクつきながら尋ねると、医師はニッコリ微笑んで首を振った。 「そんなに怯えなくても大丈夫。これなら縫う必要はないよ」  思わず肩から力が抜けた。  恥ずかしながら俺は痛いのが苦手だ。血を見るのも、できることなら避けたい。 「良かったなビビリくん」 「うるさいな」  後ろから茶化してくる有澤の脛を軽く蹴る。苦笑いの医師が、手際良く傷の処置をしてくれた。 「せっかく助けてやったのに!次は助けてやんねぇぞ!」 「そんな頻繁にこけないから」 「とか言ってさ、昨日も学食で丼ひっくり返したろ。それも何もないとこでつんのめってさ。一昨日は階段から落ちかけるし、ここ最近マジで鈍臭いよ」 「っ、そうだけど!!気をつけるっつーの!!」  有澤の言うように、昨日は丼をひっくり返した。その前の日も、その前も、不運なことが続いている。  まるでマリオネットの糸が突然切れてしまったように、時々カクッと足の力が抜ける感覚があった。  それは思えば、成人式の日の朝、家の廊下で転んだ時から続いている。 「何もないところで転んだの?」  処置を終えた先生が、ゴム手袋を外して銀のトレーに置きながら言った。 「まあ、はい。最近多いんですよ、なんかこう、足がカクってしちゃって。あ、でももともと鈍臭いんですけどね」 「そうなんだね……他になにか気になることないかな?」  無いですよ、と軽く返事をしようとして、でもできなかった。  目の前の先生の表情が、笑顔だけど少し硬いことに気付いてしまった。 「えっと、特には、無い、です……」 「ちょっと触ってもいいかな?」  優しい笑顔を崩さない若い先生に感謝したい気分だった。もし深刻な顔をされたら、ビビりな俺は逃げ出したかもしれない。  俺が頷くと、先生は俺の足に触れた。 「触っている感覚はどう?」 「普通です」  なんと答えていいのかわからない。そんな俺をよそに、先生はなんだかハンマーのようなもので膝の下を叩いたり、靴と靴下を取って足の裏を触ったりした。  されるがままの俺は、徐々に力ない笑顔となる先生の顔をずっと見ていた。 「ごめんね。今からちょっと、検査しようか」  嫌な予感がした。

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