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第三話 発覚③

 病院を出られたのは、すっかり空が暗くなってからだった。  一月の身を斬るような冷たい風が強く吹き荒んでいた。おまけにまた雪が降り出していて、これはきっと積もるだろうなと思った。 「ごめんな、こんな時間まで付き合わせて」  もう昼飯の時間もとっくに過ぎてしまったのに、有澤はずっと付き添っていてくれた。大学もサボらせてしまって申し訳ない。  大きな借りができたなぁ、なんて思った。もしひとりだったらと考えると恐ろしい。 「いいよ、これくらい。なんて事ないよ」 「そっか、ありがとな。そういや合コンいつもの時間だよな…今から行けば間に合いそうだな。俺はキャンセルするけど、有澤は行くだろ?」  外来受付の終わった人気のない病院の正面玄関で、仕方ないからタクシーで帰ろうかと考えてながら尋ねる。  有澤は、さっきからずっと黙ったままだった。 「おーい、有澤?早く行かないと、っても雪降ってるけどさ、遅れちゃうよ?」  振り返って顔を見た。  なんで、泣いてんの?  泣きたいのは俺の方だよ。 「律……行けないよ、俺」 「なんで?」 「だって、律のこと、放って行けない」  有澤は端正な顔をぐちゃぐちゃに歪めて、ボロボロと涙をこぼしていた。俺よりも幾分も高い位置にある顔を見上げて、その涙をどうしようかと考える。  有澤と違って、俺はハンカチを持ち歩いたりするような男じゃない。まあ、有澤のハンカチは下心の道具なんだけど。 「合コンなんてクソみたいな遊びよりお前の方が大事だ」 「クソって……」 「俺に何かできる事ない?なんでもする。お前のためにならなんだってする!!」  とてもありがたい話だ。有澤は友達としては、本当にいい奴だ。 「じゃあ、代わってくれる?」 「え」  そんな有澤に、俺はなんて酷いことを言っているんだろう。 「代わってくれるんなら、俺のこと抱いていいよ」  天罰だなぁと思った。  今まで何も真剣になった事がなかった。  自分に甘くて、妥協ばっかりして生きてきた。  どうせ長い人生なんだから、楽な方を選んだっていいや。恥ずかしくない。機会があったら、次こそ頑張ればいいんだから。  そう思って生きていた。  それがどうだ?  思ってたより、俺の人生は短く終わるそうだ。 「律……」 「なあ、俺いつ死ぬのかな?本当に歩けなくなるのかな?手も動かせなくなって、そのうちご飯も食べられなくなって、自分で呼吸もできなくなって……」  まだ確定診断ではない、と医者は言った。  可能性の話だと。だからあんまり悲嘆しないでと。  でも万が一そうだったら、俺は近々死ぬらしい。 「知ってた?この病気のこと……俺は初めて聞いた。難しい名前だよな。なんだったっけ?」  なんて、ふざけたことを言う。本当は頭の中で、「筋萎縮性側索硬化症」と、ぐるぐる回っているくせに。 「律、ごめんな。俺はお前にはなってやれない。代わってやれない……」 「わかってるよ。俺も変なこと言ってごめん。とりあえず帰ろ。寒いし」  ちょうど目の前に止まったタクシーに乗り込む。有澤と一緒に。有澤は俺の実家のすぐ近くのアパートに一人暮らしをしている。タクシー代が割り勘なのは有難い。  ひとりで帰ることにならなくて良かった。有澤は、本当にいい友達だ。  実家の前でタクシーを降りた。代金を支払って、去っていく車体を見送る。  有澤に改めて礼を言った。それから、絶対に誰にも言うなと念を押す。誰かに伝えるたびに、本当のことになりそうで怖かったからだ。  有澤はまだ涙に濡れた目で小さく頷いた。ジッと見つめてくる瞳には、なんとも言えない悲しい色が見えた。  そんな顔すんなよと言いたかった。  少なくとも俺はまだ死なない。  ってか何かの間違いかもしれないじゃん。ただの疲労とか、そういうのかもしれない。まだ、決まったわけじゃないんだから。  でも言葉は出なかった。  もう何も考えたくなかった。  じゃあ、と手を振って玄関へ向かう。  有澤は俺が中へ入るまで、ずっと見守ってくれていた。

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