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第九話 自覚③

 日曜日は、久しぶりに廃寺へ遊びに行った。  ボロボロの御堂に、冬夜はあぐらをかいて座っていた。まるで待ち構えられていたように、俺を見るなりキツく抱きついてくる。 「苦しいぃぃ!!」 「すまん、久しぶりで、ついな」  俺の周りの男は、なんでいつも抱きついてくるんだと、有澤の顔を浮かべながら顔を顰めた。 「息災なようでなにより」 「そんなことないよ。足も手も制御不能な時があるんだ」 「そうか。でもまだ話ができる。飯も食える。それでいいじゃないか」 「まあ、ね」  冬夜には最初に全部曝け出してしまったからか、会うのは二回目なのに何を言われてもイヤな気はしなかった。  というか、本当に神様なら、隠したってムダなような気もする。 「ところで律。土産は?」 「はいはい、どうせ神様には全部お見通しだよ」  冬夜はフフンと笑って、俺が差し出したお重を受け取った。無遠慮に風呂敷を解き、蓋を開けて中をあらためる。 「不恰好な稲荷寿司だな」 「仕方ないだろ!!こっちは手が言うこと聞かないの!!」  文句があるなら食うなよ、と言う前に、冬夜はひとつ稲荷寿司を掴んで口に放り込む。  中身がちょっとはみ出した稲荷寿司だ。今日の朝から、母さんに作り方を教えてもらいながら一緒に拵えた。 「美味い」 「そっか、良かった」 「お前も食え」 「ムグっ!?」  隣に座った俺の口に、冬夜が稲荷寿司をブチ込んでくる。  甘いお揚げの出汁と、五目ご飯の優しい味が広がった。 「……おいひい」 「だろ?お前、いい嫁になるよ」  冬夜は手と口を忙しなく動かし、次々に稲荷寿司を食べる。  良かった、喜んでくれたみたいで、本当に良かった。 「俺さぁ、ホントどうしようもない息子でさ」  黙々と食べる冬夜に、俺は勝手に話し出す。 「母さんの手伝いなんて、記憶にある限りやってなかったんだよね。おつかいも洗濯物も洗い物も、何にもしてこなかった」  昨日、稲荷寿司の作り方を聞いたら、母さんはなんでか涙を流して喜んだ。俺は照れ隠しで、リハビリの代わりだとか言って誤魔化したけど、一緒に台所に立つことが嬉しかったんだと、今ならわかる。 「これからもずっと、そうなんだと思ってたんだけど、家族と何かするのって、こんな簡単なことでいいんだってわかってさ。今まで俺はちゃんと家族してなかったんだなぁって思って……」  気付いたんだ。  世話されるばっかりだったことに。俺は家族に何も返せていない。それこそ、兄のような期待もされてはいなかったけど、そんなことよりきっと、一緒に何かすることが大事だったんだと思った。 「だからこれからは、ちゃんと家のこともしようかなって、思った俺偉いだろ?」 「偉い偉い」 「思ってないだろ!?なあ、冬夜!?」 「ごちそうさま。美味かった。また頼む」 「え、うん、それはいいけどさ…何してんの?」  冬夜が体を密着させてくる。フワリと甘い匂いがする。その匂いのせいで、初めての時のことが脳裏を過ぎる。 「腹が満たされたら、次に満たすのは性欲だろう?」 「んな!?あ、ちょ、やめっ」  冬夜の4つの尻尾がワサワサとまとわりついてきて、抵抗も虚しく羽交い締めにされてしまう。 「ぅう…も、ゆっくり、してって…」 「ゆっくりならしてもいいのか?そうかそうか、なら遠慮なく……」  と、ニタニタと笑った冬夜が、俺の衣服に手をかける。御堂の中はやっぱり暖かくて、寒さは気にならない。が、脱がされるのにはどうしたって慣れない。  ぎゅっとキツく目を閉じて堪える。  冬夜は、前と同じか、それ以上に優しい手つきで触れてきた。  抵抗しているつもりだけど、きっと誰も信じない。  だって、嬉しいと思っている自分もいるから。  誰かに求められて、暖かくて、気持ちよくて、満たされるのはとても心地よかった。  好き、なのかなぁ。  まだ二回しか会ってないのに。  困ったなぁ。

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