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第十話 自覚④
それから、俺は講義が昼までの日は、足繁く冬夜のところへ通うようになった。
あと、土日のどちらかの体調の良い日も冬夜のところへ行って、一日過ごすようになった。
街で買ったお菓子を持って行ったり、俺が家で弁当を作ってみたりして、それを食べながら御堂で話をする。
それから時々、というか逢うのが時々なだけなんだけど、その度に冬夜は俺を抱いた。まるで壊物を扱うかのように、とても優しい手つきで気遣いの言葉を溢れさせ、大事そうに俺を抱く。
そんなの、好きにならない方がおかしいだろう?
一体何のつもりかと問いたい。でも、相手は神様だから。
そこに理由なんてないと言われたら、俺は立ち直れないだろう。
冬夜も俺を好きなんだと言ってくれたら、それはとても嬉しいことの筈だ。
そしてとても、悲しいことでもある。
あと何ヶ月もしたら、悲しい別れになってしまうから。だから気持ちなんて確かめない方がいいのかもしれない。
「痛っ」
冬夜と出会って一ヶ月半ほど経った頃、俺にはまた新たな症状が出始めていた。
「大丈夫か?」
「ん、多分…」
いつも通りセックスして、その後のこと。
脹脛のあたりを、つった時のような痛みが走った。それはいつも突然やってきて、長くそこに居座ったりする。
「無理させたか」
ションボリした顔の冬夜が愛しくて、俺は笑みを浮かべて見せた。手を伸ばして、頭のてっぺんのふわふわの耳を触る。
「冬夜のせいじゃないよ。病気のせいだから」
「そうか」
痛みが一度やってくると、しばらく動けなくなる。痛み止めとして処方されている漢方薬を飲んではいるけれど、それだって万能じゃない。
「ごめん、ちょっと動けないかも」
そろそろ帰らないといけない。空はもう真っ暗で、これ以上時間が経つと家族が心配するだろう。
「送っていくから乗れ」
冬夜がしゃがんで促すが、俺は立ち上がれそうになかった。こんなに痛いのは初めてだった。足の先が突っ張って、自分のものじゃないかのようにピクピクと痙攣する。
「ま、待って、い、たッ…」
「律?本当に大丈夫か?」
思わず涙が零れ落ちた。そのくらいの痛みだった。
うずくまったまま動けないでいると、冬夜が必死な顔で俺の頭を撫でてくれる。
「病院に連れて行くから、少し我慢しろよ」
待ってと言うより早く、どうやったのか冬夜はいつもの和服姿ではなく、その辺にいくらでもいそうな洋服姿へと変わる。耳も尻尾も無い。普通の人間に見える。
その姿のまま、俺を横抱きにして持ち上げ、御堂を飛び出した。
軽やかな足取りで山を降り、しばらく住宅街を小走りで進み、通りに出るとタクシーを拾う。妙にこなれてるなと、痛みに堪えながら思った。
タクシーはすぐにかかりつけの病院へ辿り着き、冬夜はまた俺を抱えて走り出した。病院の受付時間はとうに過ぎているから、救急受付の方へ向かう。
何人かの患者がベンチに座っていたけれど、脂汗を流して震える俺の様子をみた看護師が、すぐに先生を呼んでくれた。
いつもの脳神経内科の先生が慌ててやって来ると、処置室に通されて、そこからの記憶はあまり無い。
ただ、ずっと冬夜は傍にいて、俺の手を握っていてくれたことはわかっていた。
触れ合った肌が暖かかった。
冬夜の優しさが流れ込んできて、夢を見た。
白く小さな花が咲き乱れる原っぱで、白銀の毛並みを持つ四尾の狐が走り回っていた。
その狐は、俺の姿を見つけるやいなや、冬夜の姿になって、ギュッといつもみたく力強い腕で抱き締めてきた。
辛くなったら、ここにいても良いんだよ。
そんな声が聞こえた気がして、俺はすっかり安心した。
安心したらとても眠くて、俺は目を閉じた。
もう二度と開かなくてもいいや、なんて思った。こんなに素晴らしい世界で、冬夜とふたりいられるなら、辛い世界とはさようならしてもいいや、なんてことを、本気で思った。
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