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第十九話 意志⑤
七月後半、主治医の先生が家に来た。
土曜日だった。
俺のいる部屋に、先生と、看護師、それから家族。
みんな集まった。
「律くん、よく頑張ってるね」
先生は俺にたくさん労いの言葉をかけてくれる。
俺のような…いや、俺よりもっと酷い患者を、たくさんたくさん診てきただろうに、俺が一番大切だという風に接してくれる。
「律くんの考えに、変わりはない?本当に、少しでも何か思うことがあったら教えてほしい」
俺は二度瞼を閉じた。瞼を二度閉じるのは、否定する時の合図だ。逆に肯定するときは一度閉じる。話せなくなってからこうするのが決まりだ。
「そっか。なら、もし君の呼吸が止まりそうな時は、無理に延命したりしない。それで、いいね?」
今度は一度だけ瞼を閉じる。
先生には話せるうちに俺の意志を伝えてある。
本当に危なくなったら、そのままにして欲しい。無理に生かそうとする処置はしないで欲しいと。
それはもう、ずっと前から決めていた。今日先生が家に来たのは、家族と最終確認するためだった。
いよいよ俺もあと少しで死ぬんだなぁと思った。
聞いていたよりもとても進行が早かったようだ。
家族は泣かなかった。この一ヶ月ほどで、どうやら覚悟を決めたらしい。
人と同じで、家族も成長するんだなぁと他人事のように思った。だったら俺がいなくなっても、心配なさそうだ。っても、もともと俺が何かしてきたわけではないんだけど。
いよいよだと思うと、やっぱり心残りはあった。
冬夜のことだ。
もう少しで、冬夜の顔を見ることができなくなる。
真っ直ぐな灰色の瞳も、雪のように滑らかな肌も、その温もりも、ふさふさの尾も耳も、優しい声も。
そばに感じることが出来なくなるのだ。
家族と離れてしまうことより辛い、なんて言えば、きっとなんて奴だと思われるけれど。
俺の心残りは、どれも冬夜のことばかりだ。
だけどもっと辛いのは、近くにいたって自分から触れられないことだから。
だから後悔はしない。
残り少ない時間、たくさん話をしよう。手を握っていてもらおう。
俺に望めることなんて、たったそれだけだ。
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