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第二十二話 願い③

 九月、十月は、残念ながら俺に記憶はない。  ALSの終末期には意識障害が伴うことがある。俺はまさにその状態だった。  自分が生きているのかも、定かではない日が続いた。  現実と非現実を行ったり来たりしていて、申し訳ないけど、その間のことは何も覚えていない。  月日だけが流れていくのはなんとなくわかった。  部屋に差し込む日の光の加減だとか、室内に入り込む外気で、ああ、もうすぐ冬がくるんだなと、なんとなく思った。  冬夜が俺に示した時間は、持って一年だった。  当然持たなければ一年生きられないということは、わかっていた。  もう明日にでも、死んでしまうかもしれない。  そんな恐怖感が、今更ながら浮かんできた。だけど心は不思議と穏やかで、死ぬと言うことは、このまま寝て、目が覚めないだけだ、なんて思ったりもした。  結局、後悔はどうしたってやってきた。  もっとこうしておけばよかった、ああしておけばよかったと思うことはたくさんあった。  もし普通に生きていたら、来年には就活があって、俺は一体どんな職についたのだろうか。  そしてどんな人生を歩んだのだろう。  有澤とはずっと友達でいられただろうか。  それ以上の関係になる…なんてことは、多分なかったろうな。  でもたとえどんな人生だったとしても、冬夜以上の相手はいなかった。天狐だとか、神様だとか関係ない。  彼に会うために、俺は病気になって、初めて生きていることを幸せだと思った。  もし冬夜がいなかったら、こんなにあっさりと病気を受け入れることは出来なかった。家族のことを見つめ直すこともなかった。  全部冬夜のおかげだった。  愛しくて愛しくて、とても憎らしい。  そばにいられなくなるとわかっていて、常に俺を見ていてくれた。それが、とてつもなく憎らしい。  俺は、ちゃんと感謝を伝えられただろうか。  そればかりが心残りだ。

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