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第2話

――――――  俺、善岡美夜(よしおかみや)、二十歳になった夜のこと。 「イヤァンもぉおおっ!!アタシの可愛い可愛い美夜ちゃん、お誕生日おめでとぉう!!!!」  広いダイニングの長テーブルの、上座に座らされた俺は、マミィ(母)から熱い抱擁を受けている。  ムダに強調した胸に頭を挟まれて、そのままグリグリと擦り付けられる。まるで拷問のようなひと時だ。 「つい最近までママのおっぱい吸ってたのにぃ、もうこんなに大きくなったのね…シクシク」 「やめろ!つい最近じゃねぇよ!!果てしなく昔だよ!!」 「いやぁん、美夜ちゃんが怒ったぁ」  マミィは両手で顔を覆って、シクシク、シクシクと嗚咽を漏らす。そのままダディ(父)の方へしなだれ掛かる。  嘘泣きだ!!わかってるけど、俺はマミィに泣かれるのがたまらなく苦手だ。そんで、マミィに弱いダディがもっと苦手だ。 「美夜、チェルシーに謝りなさい」 「えっ、俺が悪いの!?」 「泣かせた方が悪いに決まってるだろう」  こうなると、俺の方が果てしなく部が悪い。別に俺何も悪い事してないじゃん、というのが、通じないのが我が家なのだ。 「どぉでもいいから早くケーキ食べようよぉ」 「お腹すいたしぃ」 「つか、あんま遅くに食べると太るじゃん」 「今日のために食事制限してたんだけどぉ」  などとわがまま放題言うのは、俺の四人の姉。みんな二歳ずつ歳が離れている。 「それもそうね!いただきましょ!!」  いつのまにか元気になったマミィの一言で、全員の思考が目の前の豪華な食事にシフトする。俺の誕生日パーティーの始まりだ。  お気付きかもしれないけれど、俺の家は一般家庭とはかけ離れている。  まず、マミィ、ダディと呼んでいる事について。  マミィは某ヨーロッパ諸国と日本のハーフで、外見も日本人とはかけ離れた容姿なのである。産まれも育ちも外国。日本に住むようになったのは、ダディと結婚してからである。  外国育ちのマミィの提案で、我が家では母をマミィ、父をダディと呼ぶことが強要されている。それは四人の姉も同じである。  追記。ダディは純粋な日本人である。  そんでもって、我が家の権力図を紹介する。  お察しの通り、ダディはマミィに弱い。ベタ惚れである。惚れた弱みというのか、我が家の一番の権力者はもちろんマミィだ。  続いて長女、次女、三女、四女と続く。女は強い。それがよくわかるのが我が家だ。  すっかり女に支配されている我が家では、俺が一番の弱者だ。ほぼ発言権はない。今日だって俺の二十歳の誕生日パーティーのはずなのに、切り分けられたケーキの大きさは、ダディに続きもっとも小さい。まあいい、そんなに甘いもの好きじゃないし。  賑やかな我が家。我の強い女が五人もいる我が家。  これでブサイクの集まりだったらヤベェだろう?  残念ながら、我が家の女はマミィに似て全員美人なのだ。  長女、次女はモデル、三女はアイドル、四女はまだ大学生ながら、卒業後は女優として事務所に入るのが決まっている。  そんなだから余計につけあがるのだ。世間でチヤホヤされる女は、総じて図太い神経の持ち主だと、これは持論だけど、ともかく、うちは完全なる女支配系家族である。  だからというか、俺は女が苦手だ。  二十歳になっても未だ童貞。  二十歳になるまでに卒業するぞと意気込んでいたのが、つい昨日のようだ。  豪華な料理に箸を伸ばしつつ、人知れず溜息をこぼした。  まあいい。最近はアレだろ?草食系だなんだって言ってさ、別にセックスなんて興味ないデェスみたいに振る舞っておけばいいんだろ?わかってんだよ、俺はさぁ!! 「美夜ちゃん、今日、実はもうひとつ、大事な話があるの」 「え、話?なに?」  突然、ボケーっと食事をする俺に、マミィは言った。姉四人がクスクスと笑う。ダディは耳を塞いだ。  なんだ?この異様な空気は?  楽しい(俺はそうでもない)誕生日パーティーじゃないのか? 「実はね、美夜ちゃんはね、淫魔の子孫なの」  マミィは無邪気にケーキを食べながら、とんでもないことを言った。 「うちって、完全に女系でしょ?それはね、アタシに淫魔の血が流れてて、それで、淫魔って女の子が産まれやすいの。あ、淫魔ってわかる?美夜ちゃんも男の子だし、聞いたことあるよね?」  ダディが、ヴヴンと、わざとらしく咳払いする。 「簡単に言うとね、サキュバスとかインキュバスって言われてる悪魔なんだけどぉ、人間の男のね、精液がないと生きられないんだよねぇ。知ってると思うけど。だからうちは女の子が生まれやすいのよ。だって、ねぇ?男の精液が必要なんだもの、男の子が生まれたら、苦労するでしょ?」  姉のひとりが、堪えきれなくなって吹き出した。それにつられるように、他の姉もさらにクスクスと笑い出す。ダディはまだ耳を塞いでいる。 「今まで黙っててゴメンね!!」  にぱっとマミィは笑った。全然悪気のない顔で。  カシャン、とフォークが陶器の皿に落ちた。もちろん俺のフォークだ。 「え?」  えっと、何コレ?どういうこと? 「美夜ガンバー」 「アンタ容姿だけはいいんだしぃ」 「なんとかなるっしょ」 「イケメン捕まえるんだよぉ」  四人の姉が、まるで他人事のように言う。 「ウソだろ……」  かくして俺は、この日から淫魔としての血に振り回されることになったのである。

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