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第3話
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マミィ曰く。
淫魔の血を引く我が一族は、早急にパートナーを探さなければならない。
なぜなら、二十歳になると定期的に来る欲求不満状態を解消するには、男性の精液を摂取する必要があるからである。
パートナーを推奨しているのは、病気とか色々心配だから、という、いかにもな理由だ。
さらに、心から愛し合える相手に出会う事で、その欲求をある程度抑えることができるのである。
四人の姉は、期間はまちまちだけどちゃんと恋人がいるそうだ。なにせあの容姿。モテるのである。容姿が総じて整っているのも、淫魔としての特徴らしい。クォーターだからという理由だけじゃない。
俺自身も、姉の言う通り悪くはない。
悪くはないんだけども。
俺は、人付き合いが苦手だ。
昔から美人の母や姉に囲まれて、それはもう常に目立っていた。どこに行っても声をかけられるような幼少期を過ごしてきた。
そのせいか、人にぐいぐい来られるのが苦手だ。特に容姿のこと(女の子みたいだね、と言われるのが嫌)を言われるのが嫌で、今ではすっかり俯いて歩くクセが付いている。前髪をだらしなく伸ばして、縁の分厚いメガネなんかかけているのだ。
俺が童貞なのはそんな理由からでもある。
それなのに。
それなのに!!急に精液を摂取しろと言われてもムリだ!!
どう考えたってムリ!!
だ、だいたいさ?お、男の?精液?を、摂取する状況ってなに!?
姉が笑っていたのは、つまりはそう言う事だ。
俺は、どうしたって男とそういうことをしなければならない運命のようだ……女の子ともまだなのに!!
あああああっ
俺はどうすればいいんだあああああっ
と、思っていた健気な俺は、もはや死んでしまったのでした……
このひと月の間に、俺は何度も欲求不満に陥った。
これまで性欲は薄い方だと思っていた。自慰なんてめったにしなかったし、セックスに興味はあれどまだいいや、なんて思っていた。
それがですよ?
一度目から強烈だったわけですよ。
突然の激しい動悸に襲われ、眩暈と頭痛がして、なんとも言えない渇きみたいなものがやってきて。
大学終わりだったその日、気が付いたら近くの公園の公衆トイレで、誰ともわからない見知らぬお兄さんのちんこ咥えていたのでした。
そんなことが何度かあって、冒頭の、アレです。
俺はすっかり、大学でも有名人。
あのインキャ、実はものすごい変態で、大学の外で男のちんこ咥えて金稼いでるんだってさ、とまことしやかに噂されるようになってしまったのでした。
それから一ヵ月。
今日も今日とて繁華街の路地裏で、その辺で捕まえたおじさんのちんこを咥えて、もはや慣れてしまったイラマまでされて、それで一万円。
別にお金が欲しいわけではないけれど、貰えるものは貰っておこうと、今では開き直っている。
欲求ってすごいなぁと思う。
食欲とか睡眠欲とか、生きるのに酸素や水が必要なように、淫魔の血を受け継ぐ俺にとって、精液はまさに同等の欲求だ。争うなんて最初から考えられなかった。
俺には、自分でもびっくりするくらい適応力があるみたいで、必要だと理解したら、案外すんなり行動できてしまった。無意識だったけど。
俺はこれからずっと、誰かのちんこ咥えて生きていくんだ……
変態と言われるのは心外だけれど、仕方ないのかもしれない。いや、でもこれは生きるために仕方ないことだから、やっぱり変態と言われるのはなんだか受け入れられない。
というか、とりあえずの精液を確保する術は身についたのだけど。
パートナーを見つけるって、ムリじゃないのだろうか?
フェラは男も女も同じようなものだと割り切れるけれど、男が男と恋愛?するなんて、限りなく可能性低くない?
そもそも俺の恋愛対象は、今までずっと女性だった(ハズな)のだから。
まあでもこうなってしまったのは仕方ない。
いつもフェラした後、ものすごい嫌悪感が湧くのもいい加減慣れたい。必要だからと行動するのと、感情は別物である。
ああ、人生ってままならないなぁ。
嘆いてたって仕方ないのだけどぉ。でもぉ、文句くらい言いたいじゃん。
「あーもー、クソ!誰か俺のちんこになってくれよ……」
などと呟く、ヤバい俺。
そんなこと言ってないで帰ろ。顎いてぇ。
立ち上がって路地裏を抜け出す。明日は土曜日。繁華街は、ハメを外した大人たちで賑わっている。中には若い女の子が脂ぎったおっさんの手を取って歩いている、なんて光景もあった。
金が欲しいからって、あんなことして。いいなぁ、お気楽でさ。俺は金は要らないんだよ。でも精子無いと死にそうなんだよ……
そういえば、抗えないほどの欲求、というのはマミィに聞いたけど、もし解消しなければどうなるのかについては聞いていないな。帰って確認しなければ。
「どっかに俺専用のちんこ落ちてないかなぁ」
トボトボと道を歩きつつ、クセである独り言を呟いた、その時である。
ドン、と誰かにぶつかった。
「うわぁっ」
わりと小柄な俺は、アスファルトの上にひっくり返った。そのせいで、いつもかけている伊達メガネが落下。パキッと嫌な音がした。
「悪りぃ!大丈夫か?」
ぶつかった相手が、慌てたように手を差し伸べてくる。指に沢山のシルバーリングが見えた。
あ、ダメだ。これは関わってはいけない人種だ。
瞬時にそう判断した俺は、いつも通り俯いたまま、大丈夫です、問題ないです、すみません、と平謝りして立ち上がる。本当は咄嗟についた右手首がズキズキと傷んでいたし、メガネはフレームが曲がっている。レンズにもヒビが入っていた。
「本当に大丈夫ですからっ」
俺は叫ぶように言って、メガネを拾うと、クラウチングスタートの要領で猛然とダッシュ。
「おい!!」
背後で俺を呼び止める声がしたが、聞こえないフリで走り去る。
全く、今日はなんて日だよ。
往来で転んで、挙句にメガネまで壊して。伊達メガネだからいいものを。
二十歳を迎えてからというもの、俺はとことんついていない。
さらに不運なことに、家に帰ってポケットを確認すると、おじさんにもらった一万円が無くなっていた。転んだ時にでも落としたのだろうか。まあ、別に金が欲しくてやってるわけじゃないんだし、どうでもいいや。
善岡美夜はついていない。
二十歳になってから、とことんついていない。
そして翌週の月曜日。
更なる不運が俺を襲うのである。
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