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第6話

 金曜日。  今日も今日とて、俺の飯田への無言の攻防は続いていた。実に四日目だ。よくもまあ飽きずに俺の隣に居られるなぁと、ちょっと感心すら覚え始めていた、四日目。  それは昼食のためにやって来た、学内カフェテリアでのことだった。  俺の通う大学には、学食とカフェテリアがあって、学食は安いけど物凄く量が多いのが特徴だ。カフェテリアの食事は、サンドイッチやパンケーキ、昼時にはグラタンやハンバーグなんかのプレートが出てくる。値段は少し高いけど、量を考えてカフェテリアで昼食を取ることが多い。俺は少食な方なのだ。しかも、淫魔の血のせいで精液を摂取しなければならなくなって尚更少食になった。  そういえば、四人の姉もマミィも少食だ。やっぱり精液が栄養とかなんかそんな感じになっているのだろうか?  そう考えるとなんだか気分が落ち込む。どうしたって摂取しなければならないということになってしまうから。  心の中でそっと溜息をつき、食券を買うために財布を取り出そうとリュックを開けた。  ……あれ?財布が、ない?  いつも入れている内ポケットを弄っても、硬い革の二つ折り財布はない。リュックの口をガバリと開けて覗き込んでも、参考書を掻き分けても、財布は見つからなかった。  まあ、一食くらい抜いたって問題ない。  あ、でも今日って最終限まで講義か。夕方まで保つかな?最悪四年にいる四女に借りようか。でも借りると返すのが面倒だな。絶対色付けて返せとか言われるもんね。  とりあえず自習室にでも行ってやり過ごそう。ここに居続けると、匂いでお腹が空きそうだし。  そう思って踵を返した、その時だ。 「善岡、もしかして財布忘れた?」  左の腕を飯田が掴んで引き留めた。俺の様子から財布がないことを察したらしい。四日振りに声を聞いた。  腕を掴まれているので、答えないわけにもいかない、よな?心配そうな顔と声音に、腕を振り払うのも失礼な気がする。一応。 「……ん」 「そっか。なら奢るよ!……あ!そういえば善岡の一万円持ってるんだった!それ使うなら貸し借りなしだろ?」  パアッと爽やかな笑顔を浮かべ、飯田は空いている方の手でポケットからしわくちゃの一万円札を出した。  言わずもがな、俺がおじさんのちんこをしゃぶって手に入れた一万円札だ。 「もともと善岡のだし、ずっと返さなきゃと思ってたんだ。でも話しちゃダメだと思ってなかなか言い出せなかった。ごめん」  眉尻を下げて困ったように言う。  確かにそれなら、飯田の言う通り貸し借りなしになるかもしれない。手切金と思ってはいたけれど、手切れてないし。あともともと俺の金だし。  だけど今まで無視しておいて、なんて都合のいいヤツなんだと、多少自己嫌悪を感じた。  さてどうしようか。振り払って逃げようか。それとも素直に従おうか。  しばしの逡巡は、ぐぅぅうという間抜けな音で中断された。俺の腹の虫が、正直すぎる声を上げたのだ。 「アハハ!ほら、早く食券買わないと、善岡の好きなハンバーグプレート無くなっちゃうよ」  恥ずかしい。そんでもって、ここ四日一緒にいたせいで、好物まで覚えられてしまっている。 「っ、うるさいな!言われなくたってわかってるし!」  そこはありがとうだろ!俺!!  わかっていても、ここまで変に拗らせてしまった手前、素直に言うことが出来なかった。もともと口も良い方ではないし、と心の中で言い訳しておく。 「久しぶりに善岡の声聞けて嬉しい」 「なっ!?もう、これっきりだからな!」 「はいはい。ほら、行こ」  またも爽やかに笑って、飯田は俺の腕を引いて券売機へと向かう。飯田が勝手にハンバーグプレートを購入。飯田は自分の金でハンバーグプレートと、サンドイッチを追加で購入した。  食事を受け取り、適当に空いている席に向かい合って座る。洋食レストラン風に、大きな丸皿に乗ったハンバーグとポテトサラダ、こんもりした白米に、コンソメスープを食べ始めると、飯田はまた笑顔で話し出した。 「あのさ、お願いなんだけど、聞いてくれる?」  わざわざフォークを置いて、俺の方を伺うように見てくる。 「なに?」 「この一万円、使い切るまで友達になってくれないかな?」  俺はフォークを軽く咥えたまま、小さく首を傾げた。 「もちろんさ、隣にいるだけで楽しいんだけど…でも、期間限定でも会話ができると嬉しい、なんて、ごめんな」  嫌ならいいんだけど、とあくまで下手にでる飯田に、俺は少し同情した。  だって、四日も無言で隣に居て、それでも嬉しいと言ってくるのだ。多少申し訳なさも感じるわけですよ。  それに期間限定なら、その期間さえ過ぎれば関わりを断つことができる。何度も言うけど、俺は人付き合いが苦手だ。特に飯田のような目立つ人間とは、極力関わりたくない。 「いいよ、別に」  視線をコンソメスープへと向けながら、小さな声で答える。 「マジ!?嬉しい!ありがとう!!」  チラリと見やれば、満面の笑みを浮かべる飯田と目があった。 「でも馴れ馴れしくするなよ!」 「うん、わかってる」  そう言って、差し伸べられる右手。  俺はそっと握って、握手に応えた。俺と違って、男らしい大きな手は、シルバーリングのせいでゴツゴツしていた。  ハンバーグプレートは約800円。今日を含めて、12日間の辛抱だ。

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