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第7話
翌週の月曜日。
付き纏われるようになって一週間がたった。
「美夜はメガネ無い方がいいと思う」
飯田が向かいの席から俺の顔を見つめて言った。
講義と講義の合間の、空き時間のことだ。晴れて(?)友達になった俺と飯田は、自習室で課題をこなしていた。
「伊達メガネなんだよな?」
「ん」
「ならなくてもいいんじゃない?」
「イヤだよ。人に顔を見られるのが好きじゃないんだって言ってんだろ」
時々ちゃんと会話をするようにはなったけれど、基本的に人と話すことが苦手な俺だから、ほぼほぼ飯田から話を振られることが多い。
飯田はメガネの俺が気に入らないらしく、今日は朝からずっとこの話題だ。
「なんで隠すの?こんなにキレイな顔してるのに。もったいない」
ツーっと飯田の指が頬に触れて、俺はビックリして飛び上がった。机の上に置いていたボールペンが、振動で床に落ちる。
「さ、触んな!」
「肌キレイ。なんか手入れしてる?めちゃくちゃスベスベ」
「してねぇよ!つか、はよ課題やれ!」
尚も触ろうとやってくる手を払い除けて叫ぶ。
飯田は何事もなかったかのように腕を引っ込めた。俺は落ちたボールペンを拾う。
ドキドキしてしまった。不本意だけど。触れられた時の視線があまりにもまっすぐで、心臓が変な鼓動を刻んだ。
おかしい。そりゃ飯田は俺でも見惚れてしまいそうなほどイケメンだけど。ドキドキなんてするはずない。俺が好きなのはあくまで女の子だ。
たとえ抗えない欲求に任せて、男のちんこをしゃぶっていても、急に男が好きになったりするわけがない。
あ!わかった!
きっと欲求不満なんだ。そういえばそろそろ補給しないと。飯田とぶつかった日から摂取してないな。
そうだ、そのせいだ。今日は帰りに誰か捕まえて提供してもらおう。
それにしても、欲求不満状態がいつ来るかわからないのは不便だ。大体何日周期かわかればいいのに。先月はそのせいで、何度か講義をサボってしまった。
どうしても欲しくてたまらなくなって、不本意ながら他学部の学生をトイレに連れ込んでしまったのだ。
変態だとか言われだしたのも、そのことが何処かでバレたからだろう。でもこの欲求は、本当に抗い難くて、仕方ないと諦めるしかなかった。別にもともと友達もいないし、俺は何も困らない。
そこでふと思った。
俺の噂は学部内ではけっこう広まっているのに、飯田はそんな俺と友達なんかになって困らないんだろうか?
そもそもそんな噂のある俺に、よくもまあ告白してこれたよなぁ。変なヤツ。まあでも、飯田が俺といることでどう言われようが、それこそ俺には関係ないし。どうでもいっか。
なんて自己完結して、さっさと課題を終わらせようと集中する。
俺たちは国際学科なので、今回の課題レポートは英語での提出となっている。クォーターの特権というか、俺は幼い頃から英語で会話することも多かったから、その気になればすぐに終わる課題だった。
飯田は同じ学部の同じ学科のくせに、英語はあまり得意ではないようで、時々うーんと唸りながら課題を進めている。
俺がノートパソコンを閉じると、飯田は恨めしそうな顔をした。
「終わったのか?」
「ん。これくらいなら楽勝」
「すげぇな」
「まあね。俺、クォーターで、親戚と話す時英語だから」
「マジかよ!?だからそんなにキレイな顔してんだな」
「それやめろよ。別に嬉しくない」
「キレイな顔で男誘ってんだよな、善岡は」
割り込むような声に、俺も飯田も同時に顔を上げた。
「零士、そういうこと言うのやめろよ」
飯田が呆れたような、ちょっと怒ったような顔で言う。零士と呼ばれたソイツは、学部内でも目立つグループのひとりだった。もともと飯田が仲良くしていたグループだ。
いつのまにか、俺と飯田のテーブルには、男女あわせて五人も人が集まっていた。
「でも事実なんでしょ?あたし聞いたよ。そいつ、男なら誰でもいいとか、売春してるとか」
「外で男から金もらって、エッチなことしてるんでしょ?」
派手な服装に濃いメイクの女子二人が言う。
残念だけど本当のことなので、俺に言い訳も何もない。
「ほら、黙ってるってことは事実なんじゃん」
「いい加減にしてくれよ。例え事実なんだとして、だからなんだよ?何か事情があるのかもしれないだろ」
飯田はあくまで俺のことを庇おうとしてくれた。
「圭吾、もしかしてもうヤッた?だからそうやって庇うんだ?オレたちと遊ぶのもやめちゃってさ。お前騙されてんじゃね?」
「おい!!マジでいい加減にしろって!!」
ガタン、と激しい音を立てて飯田が立ち上がる。握りしめた拳が視界に入った。浮き出た血管や、指先が小刻みに震えていることから、飯田が本気で怒っていることがわかった。
「向きになってさぁ、マジで惚れてんの?告白したって本気かよ?」
「オレの勝手だろ!いいからあっち行けよ!」
自習室がザワザワとしだした。視線が集まってくる。
もう限界だ。
我慢の限界。
俺は荷物を適当にリュックに詰め込んで、飯田もその他も無視して走って逃げた。
「美夜!!」
飯田が慌てて後を追ってくる。俺は立ち止まらずに、自習室を出ても走り続けた。
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