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第11話

 飯田は、俺の言葉をそのまま受け入れた。  あれから二日経ったけど、あの時のことは一切話題にしなかった。  余程友達を続けたかったようだ。それはそれでいい。平和だ。俺の日常は、わりと平和。あと8回分ハンバーグプレートを一緒に食えば、さらなる平和が訪れる。  そんな講義終わりのこと。 「今日、ヒマ?」  大学の正門まで出てきたところで飯田が言った。 「まあ、予定はない」 「映画…行かない?」  映画?それはまた、ベタな誘いだ。 「別にいいよ、行っても」 「ホント?良かった!断られると思った……」  断ろうかと思った、というのは黙っておこう。 「何観るの?」  歩きながら聞いてみた。俺はめちゃくちゃ映画が好きで、昔から流行り物は必ず映画館、過去の名作はレンタルで、ジャンルを問わずに観てきた。  エジプトの古代遺跡からミイラが出てきて襲われるヤツとか、地球外生命体が車に乗り移って変形するヤツとか、街中をカーチェイスするヤツとか……  とにかく、映画ならなんだって好きなのだ。ただ、恋愛物だけはどうしても受け入れられない。現実ではあり得ないようなご都合主義や、明らかに泣かせようとするシーンの盛り合わせには、なんだか吐き気すら覚えてしまう。  だったら最初からファンタジーの方がいいのだ。  絶対に存在しない宇宙人とかモンスターが暴れ回るお話の方が、お話として楽しめる。自分自身がモンスターの血を継いでいるなんて事実はおいておくとして。  飯田はスマホを見ながら、うーむと唸っていた。映画情報でも見ているんだろう。 「これ、観たいんだけど、どうかな?」  徐に眼前に掲げられたスマホの画面を見るに、どうやらSF映画のようだ。エイリアンがどうとか書いてある。でもこれは、過去作の再上映のようだ。 「いいけど、昔の映画だよな?」 「うん。前から気になってたんだけど、オレんちの近くの映画館でやってるんだ。期間限定で。だからどうせならデカい画面で観たいなと思って」  なるほど。それはとても共感できるぞ。  飯田はやっぱり、友達としてなら気が合うのかもしれない。話すようになったのは最近だし、大学に入った頃は存在が眩しすぎて、顔もまともに見たことなかった。  いつもサークルやイベント仲間と一緒にいて、俺なんかとは真逆の、明るい日向にいるようなヤツだった。  そういえば俺が飯田の名前を知っていたのは、一年の頃に一度だけ話したことがあったからだ。自販機の前で小銭をぶちまけて、たまたま近くを通った飯田が拾うのを手伝ってくれた。  ただそれだけのことで、あいつの名前はなんだっけ?と思うくらいには目立っていたヤツ。  そんな飯田と、俺は今並んで歩いている。  ふーむ。確かに、こうした偶然から、恋心を抱く場合があるのもわかる気がする。  帰りに映画を見て帰るとか、よくあるシチュエーションだ。俺も飯田も男だという点を除けば。  目的の映画館は、大学の最寄駅から二駅の、繁華街から少し外れたところにある。今流行りの近代的で大きな映画館ではなく、少しレトロで小さい映画館だ。  地上波もされないような過去作を、こうして時々上映してくれるので、実は俺もけっこう常連だったりする。 「俺さ、昔から映画好きなんだ。映画館の雰囲気も好きで。だから誘ってくれて嬉しい」  そこまでの道すがら、なんとなく思ったことを言ってみた。友達を必要としてこなかった俺だけど、嬉しいと思ったのは事実だから。 「え、美夜も映画好きなんだ?良かったー!オレも超好きなんだよ!映画館の雰囲気が好きってのもわかる!」 「真っ暗ん中で、デッカいスクリーン見てると、まるで映画の中に入ったみたいでさ、良いよね」 「そうそう!小さい頃は、本気でビビったりしてさー」 「でもホラーとか見ちゃうよね!」 「わかるわぁ!」  飯田はやっぱり爽やかな笑顔で、本当に楽しそうだった。もちろん俺だって分かり合えるのは嬉しい。  共通の話題があって、気遣いもできて優しくて、俺のこと庇ってくれる飯田。そして顔が良い。  なんで俺なんか好きになったんだろ?俺なんてどこも良いところがない。それに淫魔だとか訳の分からない体質を持っているのに、それでも好きだと言ってくれる。  無意識にマジマジと飯田の顔を見ていた。楽しそうに、過去に見た映画のことを話す飯田は、見た目に反して少し幼い印象があった。 「あー、あのさ、オレの顔になんかついてる?」 「え?いや、ついてないけど?」  飯田の顔が、みるみる赤くなっていく。耳まで赤くなって、ついと視線を逸らす。俺は首を傾げた。何か不味いことしたか? 「あんま見つめられると…その、照れるんで、ヤメテクダサイ……」  消え入りそうな声で、飯田は言った。そのせいで、俺までなんだか顔が熱くなる。 「へ?あ、ごめん!」  慌てて顔を晒して俯く。どうやら見つめ過ぎたようだ。  しかしそんなこと言われると、俺まで不必要に意識してしまう……ってなんで俺まで意識してんだ? 「み、美夜」 「……なに?」  飯田が俺をチラチラと見る。忙しなく視線を動かし、かと思えば何か覚悟を決めたように、キッと真っ直ぐ見つめてくる。  そんな挙動不審な飯田のせいで、なんだか俺の心臓もバクバクと大きく鳴り出す。 「あの……手、繋いでもいい?」  は?  飯田はまた、おかしくなったのだろうか? 「イヤだ」 「え!?」 「イヤだ!!」  まさか断られると思ってなかった!と、飯田の顔が物語っていた。 「くだらないこと言ってないで、さっさと行くぞ!」  叫ぶように言って、歩くスピードを上げる。飯田は呆然としながらも、俺のあとをついてくる。  俺!何意識してんだよ!!  あんまりにも飯田が照れるから!!  思わず手、差し出しそうになっちゃったじゃん!!  危ない。忘れるな俺!!  飯田のセックスはヤバいんだぞ!!  いくら趣味があったとしても、だ。飯田も俺も男で、かつ鬼畜で、だから、だからドキドキしちゃったのは気の所為なんだからな!!

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