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第12話
非常に気不味い空気の中、映画館へと(やっと)たどり着いた。
多くの人は、繁華街の大きな劇場に行くので、平日の夕方というのもあって空いていた。
飯田はまるで忍者のように、俺に気付かれることなくチケットを2枚買って、ニッと笑って一枚渡してくれた。
そういうのも、イケメンがやると様になる。きっとこうやって数多の男女を落としてきたんだよなぁ。
そりゃ誰だって惚れるわ。ドキドキしてしまうのも、飯田がこんなんだから悪い。そんでもって、俺は惚れない。決して。
「ポップコーンいる派?」
待ち時間が10分ほどあって、ロビーの端で待機しているところに、飯田が思い出したかのように言った。
俺はふるふると首を振って答える。
「いらない。映画に集中したいから」
「オレもだ。ほんと、とことん気が合うな」
飯田はすでに立ち直ったようで、気不味さを引き摺っているのは俺だけのようだった。めげないメンタルの強さも、飯田の面倒なところだと俺は思う。
「そういやさ…美夜がその、アレだからふと思ったんだけど、他にもそういう存在って身近にいたりするのかな?」
遠慮がちに選んだであろう言葉は、きっと淫魔だとかそういうもののことをさしている。
現実に淫魔がいるのだから、例えば吸血鬼や狼男なんてのもいるかもしれない。さらに言えば、幽霊も、宇宙人だって世界のどこかには存在しているのかも。
そう考えるとワクワクする……わけもなく、ただ、ああ俺と同じで不憫なヤツが他にもいるんだな、同情するよという気分になる。
ありえない話の映画が好きだった。でも、こうなってしまうと手放しで楽しめそうにないな。
だけど飯田はそういうことが言いたい訳じゃなさそうだ。
「オレたちが知らないだけで、この世界には不思議なことがたくさんあるのって、想像すると楽しいな!」
「まあ、ね」
不思議なことが、全部良いことだったらよかった。クモ男みたいに好きな子を守ったり、魔法の力で生活が豊かになるのならよかった。
俺はその不思議のせいで、男のちんこを咥えて生きなきゃならなくなってしまった。だから、飯田のようにただ笑っていられない自分が悲しかった。
「美夜のおかげだ」
「ん?」
内心ズーンと沈んだ俺に、飯田は言う。
「オレに、不思議な出会いをくれて、知らないことを教えてくれてありがと。世界は広いな!国際学科に進んだのも、この世界をもっと知りたいと思ったからだけど、身近なところにも知らないことはたくさんある。美夜のおかげで、オレは今めちゃくちゃ楽しいよ」
飯田はまた、太陽のように眩しい笑顔を浮かべていた。
ずっとイヤだなぁと思っていた。淫魔なんて言われた時には驚いたし、フェラするたびに死にたいと思うのも事実だった。
でも、飯田の言うように、不思議で溢れた世界をひとつでも知れたのは、確かに楽しいことでもある。
俺のこの体質を、気持ち悪いと思わずに、ありがとうと言ってくれたことは、素直に嬉しい。
そうだな、もっと前向きに考えても良いのかもしれない。見方を変えれば、俺はトクベツな存在なのだ。
設定としてよくあるヤツだ。絶対に他の人にはバレてはいけないとか、平凡なヤツが実は…みたいなことなのだ。
「ん、俺の方こそありがと。本当はこんなの嫌だったけどさ、飯田がそうやって言ってくれたから、ちょっとは前向きに考えられそうだ」
面と向かって伝える勇気は、残念ながら俺にはない。でも、精一杯言葉にした。飯田のギラギラしたシルバーのネックレスを見つめながら。蛇がトグロを巻いているトップが付いていることに、その時初めて気付いた。
「美夜……」
「ゴホン!んじゃあ時間だし、そろそろ入ろ」
不穏な空気を感じた。俺も少しは成長している。このトーンで名前を呼ばれるときは、きっとロクでもないことを言われるときだ。
そうして危機回避を完璧にこなして、俺たちはやっと空いた劇場へと向かった。
座席は真ん中の通路寄り。スクリーンに近過ぎず、遠過ぎず、足元を照らす非常灯の灯が邪魔にならない良い位置だ。
何せ小さい劇場で、過去作品ばかり上映される(オーナーの趣味なんだそうだ)この映画館は、いつでもほとんど貸切である。
今日も俺と飯田、あと三人バラバラに席を取っているだけで、いったいどうやって稼ぎを出しているのか不思議だ。
飯田は通路側を俺に譲ってくれた。左が通路、右に飯田。上映が始まると、途端に飯田の存在を忘れる俺。ポップコーンがないから、イタズラに手が触れてドキドキすることもない。
俺は通路側に身体を傾いで、左手で頬杖をついて画面に見入っていた。もはや、先程の気不味い空気もどこへやら。集中するとなんにも気にならなくなるタチなのだ。
映画は、女性の姿のエイリアンに襲われて、次から次へと人が死ぬという、なんてことない内容だった。どうしてこれが十年以上も話題に上がる人気作なのか、俺にはさっぱりわからない。
でもまあ、そのありふれた感が良い。出てくる女優もみんな綺麗だし、なんか、ちょっと裸のシーンが多いけど、でもまあ、海外の映画なんてそんたもんだし、俺も二十歳を超えた大人だ。中学生じゃないんだから、いちいち気にしたりしない……そういやこの映画、R18だったな。エイリアンの残虐性は、確かにかなりのものだけど、R18というほどか?
などと考えている俺の目に、それは飛び込んできた。
裸の男女の、それはそれはものすごい絡みのあるシーンだ。
エイリアンの女性が、素っ裸で素っ裸の男性の上に跨っている。なるほど、R18はそういうことだったのだと思い至る。
海外の映画はわりとゆるい。それはもちろん知っているのだけど。
なんか、めっちゃ濃厚だな……
い、飯田は、どんな顔で見てるんだろう?
よせば良いのに、俺はなんでかそんなことを考えていた。それは多分、セックスする時の飯田の、熱に浮かされた恍惚とした表情を知っているからだ。そんでその表情と、抱かれた時の快感がリンクして、どうしても気になったのだ。
ちょっと確認するだけ。チラッと見てみるだけだから。
いつも爽やかな笑顔の飯田と、色っぽい表情で欲望に忠実な飯田のギャップが、見てみたかっただけなんだ。
そうやって自分に言い聞かせ、俺はゆっくり首を動かした。隣の飯田へと、徐々に視線を向ける。
飯田は、俺の予想に反してとても冷めた顔をしていた。意外だと思った。
俺に触れるときの、ちょっと恥じた顔とか、セックスのときの嗜虐的な笑みを想像しただけに、なんだか残念ですらあった。
飯田って、こういうの平気なんだなあ。正直すぎる反応をされても(あからさまに興奮していたりとか)引くけど、ちょっと恥ずかしそうだったりしたら、後で揶揄ってやろうと思ったのに。
なんて考えている間に、映画は終盤を迎えた。
内容はまあまあだった。
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