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第13話
「エイリアンって、なんで総じてグロテスクな見た目なんだろな?」
「んー…例えばさ、あんなにエゲツない殺し方するなら、見た目も醜悪なものに違いないって誰かが考えたんじゃないかな」
「なるほど。確かに吸血鬼ものの話なら、生きた人間を魅惑するために容姿が整ってるって設定もあるしなぁ」
「残虐非道な登場人物は、みんなどこか醜い見た目だけど、美しいものにも危険は付き物みたいなのも納得だよな」
食虫花のように、甘美な誘惑で獲物を捕まえる。なにも特別なことはない。もともと地球上に備わった機能なのだ。
などとよくわからない話をしながら劇場を出る。映画の感想なんて、みなまで言えるような内容じゃなかった。半分は男女が絡み合っているシーンだった。もう半分はグロい捕食シーン。
もし彼女と見に来ていたらとんでもなく気不味い状況に陥っていたことだろう。でも幸いなことに、俺と飯田は友達だ。なにも問題はない。
「もう夕食時だけど、せっかくだし何か食べて帰る?」
飯田がスマホの画面を見ながら言った。外はすっかり暗くなっていて、今から帰っても俺の夕食はもうないだろうなと思った。俺の家は基本的に一番人が多い時間に食事を済ませる。いなかったら自分でなんとかしろというスタイルだ。その分多く小遣いをもらっているので、コンビニで済ませたり、たまに自炊したりする。
二十歳にもなってバイトしたことないというと笑われる(家族に)けど、もともと物欲もないし、友達もいないから、今まで金に困ったことはない。
「そうだな……そういえば飯田って、一人暮らしだよな?」
「ん、そうだよ」
「毎日自炊してんの?」
ただの興味本位だった。以前、大学から一人暮らしだと聞いたので、このイケメンも自炊するのかと気になっただけだった。
「多少はね。でも急にできるようになるわけじゃないからさ、たまにちゃんとした手料理が食べたくなるよ」
お味噌汁も一人分だと面倒だよなと飯田は呟いて、深く肩を落とした。
そこで俺は、ふと思いつく。
「俺、作ろうか?二人分なら面倒じゃないし」
映画のチケットを奢ってもらったし、何かお返ししなければと、珍しく真面目に考えた。飯田の家はここらか近いようだし、ちょうど目の前、道を挟んだ向こう側にスーパーもある。
「いいの?」
飯田は、まるで子どもみたいに目を見開いていた。子どもの、このお菓子食べて良いの?、の顔だ。
「いいよ。それくらいなら、俺にもできる」
「やった!美夜の手料理、めちゃくちゃ嬉しい!」
「大袈裟だよ。あんまり手の込んだものはできないけど、料理はそこそこできるんだ」
マミィは料理ができるとモテると言って、最低限のことは教えてくれた。今まで人に作ったことはないけど、飯田があまりにも嬉しそうな顔をするから、俺はなんだかやる気になっていた。
スーパーで適当に食材を買う。味噌汁の話題が出たので和食にする。なめ茸のお味噌汁っておいしいよね。あれ、賛否両論ある?
パッパッと買い物を済ませて、そこから徒歩10分。飯田のマンションに着いた。
「お前んちデカくね?」
住宅地の五階建てマンションは、思わず首を傾げたくなるような、瀟洒な外観だった。オートロックのエントランスには、小綺麗な観葉植物なんかも置いてある。エレベーターに乗り込むと、飯田が迷いなく最上階のボタンを押す。
「デカい…のかな?」
「いやデケェよ」
部屋に入ったところで軽くギョッとした。大学生の一人暮らしに、2LDKの間取りとはこれいかに。広いし綺麗だし、でもちゃんと生活感のある部屋だ。飯田はマメな性格なのだろうか、アクセサリーといい服装といい、部屋まで整っていると来たら、そりゃあやっぱりモテるよなぁと思った。
「適当に上がって。急だったからあんまり綺麗じゃないけど、寛いでな」
「いや十分綺麗なんだが。飯田がモテるのもわかる」
「あはは、褒めても酒ぐらいしか出せないよ」
カウンターキッチンに買ってきた食材を置き、冷蔵庫にとりあえずしまう。寛いでといわれたが、時間も時間だしさっさと作ってしまおう。
「なあ、ここの、使っていい?」
「ん!美夜の好きなようにしていいから」
「はいよ」
適当に棚や引き出しの中身を確認し、鍋やフライパンなんかを取り出した。使われた痕跡のない、綺麗なままの道具たち。飯田がいかに自炊していないかがよくわかる。そのクセ、道具だけは揃っているのだからなぞである。
食材を洗って切ってと手を加える間、俺は70年代の洋楽を口ずさんだ。マミィのクセが、すっかり俺にもうつってしまっている。
「その歌、オレも知ってる」
飯田がカウンターに上半身を乗せて、ニッコリ微笑んで言った。さっきから何が楽しいのか、オレの行動を見ている飯田に、いつものシルバーアクセサリーは無い。いつのまにか外したようだ。
「そりゃ有名な曲だから。うちの母が好きなんだ。いつも料理しながら何か歌ってる」
「じゃあお母さんが外国の人?」
「ん。ヨーロッパと日本のハーフ……の淫魔なんだよねぇ」
自分で言っておいて、情報が錯乱しそうだ。飯田は俺が人参を乱切りにするのを見つめている。
「料理もお母さんに教えてもらったんだ?」
「そ。料理ができる方がモテるからって…あ、俺上に姉が四人いるんだけど、小さい頃からみんな料理を教えられた」
「へぇ、今時男も料理できる方がいいってのはわかる」
「今まで披露する機会なんてなかったけどな」
初めて人に料理を作っているわけだけど、それが彼女にじゃないところが残念だ。
そうしている間にも手を動かして、一時間ほどで食事ができた。白米に味噌汁、煮物と焼き魚という、オーソドックスな日本食だ。
「スゲェな……」
テーブルに並んだ食事を見て、飯田が目を輝かせた。そこまで大したものじゃないのでなんだか恥ずかしい。
「い、飯田もこれくらいならできるようになるって」
「オレは作ってもらう方がいいんだよ」
「なんだそれ」
向かい合って座り、いただきますと手を合わせる。飯田が箸をつけるのを待つ。なんだかドキドキする。
「うまっ!!」
煮物に手をつけた飯田が、めちゃくちゃいい顔で笑った。口に合うようでなにより。自分の作ったものを人に食べてもらうのって、なんだかむず痒いけど悪くない。
しばらくの沈黙。飯田はよほどお腹が空いていたのか、ニコニコしながらあっという間に平らげた。二人揃ってご馳走様と手を合わせ、飯田が洗い物をしてくれることになり、俺はしばし、リビングのソファに座ってテレビを見ていた。
妙に触り心地の良いソファと、我が家より大きな画面のテレビ。しかもチャンネル争いしなくていいなんて最高かよ。
なんて思っているところに、ひと仕事終えた顔の飯田がやってくる。
「美夜はお酒飲める方?」
飯田の手には細身のシャンパングラスが二つと、なんだか高そうなビンがあった。
「酒、飲んだことない」
「え?二十歳超えてるよな?」
「そうだけど、家では誰も飲まないから」
うちはダディ以外酒を飲むことはない。マミィも四人の姉も飲まないが、理由を聞いたことはなかった。どうせ太るとかそんな理由だと勝手に思っている。
「なら、初めての酒、飲んでみる?これ高いヤツだし味は保証する」
「いいの?」
「もちろん。美夜が飲みたいなら」
もともと興味はあった。それは認める。加えて高い酒と言われたら、ますます気になった。
「じゃあ飲もうかな」
「そうこなくちゃ!」
飯田は嬉しそうに言って、俺の隣に腰掛けた。自分のシャツの裾をビンにかけ、手首を捻って器用にコルクを抜く。
キリッとしているけど甘い匂いが広がった。
好奇心は猫をも殺すという諺がある。
俺はこの時、飯田が危険なヤツだということをすっかり忘れていた。映画に誘ってくれたり、チケットを奢ってくれたり、俺の作った食事をおいしいといってくれたことに満足していたのだ。
何より、はじめての酒にワクワクして浮かれていた。好奇心とは、なんてやっかいな感情だろう。
「乾杯」
飯田が淡いピンク色の液体をグラスに注ぎ、キザったらしく掲げてみせる。
「乾杯」
俺が同じようにしたって、こんなにカッコつかないのに、不公平だなぁとか考えていた。
一口、舐めるように飲んでみる。やっぱり甘くておいしい。意外とさっぱりしている。これならいくらでも飲めそうだ。
と、思ったまでは憶えている。
そのあとの記憶は、残念ながらないのである。
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