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第14話
「痛い……」
目が覚めて一番に感じたのは全身の痛みだった。見覚えのない部屋、身に覚えのない痛みに、少しの恐怖を感じ、そういえば飯田の家に遊びにきていたことを思い出す。
……あれ?
俺は飯田の家に遊びにきて、食事して、シャンパンを飲んで、それで、今俺の腰に巻きついている腕は、だとしたら飯田の腕ということになる。
背中の暖かさにゾッとしながら、恐る恐る振り返れば、やっぱりそこには飯田がいた。コイツ、寝顔も爽やかだな……なんてことはおいておいて。
俺も飯田も、裸なのはなんでだ?
それにこの言いようのない倦怠感にも心当たりがある。ついこの前、大学のトイレで同じようなことがなかったか?
まさかな。
そんなことないよな。
……ないよな?
一応、ないとは思いながら飯田の腕をそっと押しのけて、ベッドから出ようと試みる。が、気付いた。
視界に入った自分の胸や腹に、痛々しい痕跡があった。ひどく鬱血した赤紫の痕は、キスマークというヤツじゃなかろうか?どれくらいの力を込めて掴んだらそんな痕が残るんだ?というように、手首や太ももにアザがある。そんでもって、さっきからヒリヒリと痛むなぁと思っていたのも、飯田が付けた噛み跡や引っ掻き傷だ。
なんてことだ。これじゃあ間違いないじゃないか!!
ゾッとした。
ゾッとして隣を見ると、はだけた布団の下の飯田の肌にも、似たような痕跡があった。俺がやったってことだよな?
つまり、昨日シャンパンで酔っ払って、どういうわけかそういうことになっちゃったのか。ってか、シャンパンを勧めてきた時点で…もしくは、家に来ることになった時点で、飯田は機会を窺っていたのだろうか?
そこまで考えて、俺は心底恐怖した。
こういう事態を想定していなかった自分が、いかに間抜けであるかも実感した。飯田は最初から、俺のこと狙ってたじゃん。最初の時だってほとんど無理矢理だった。俺はそれをすっかり忘れて、のこのこ部屋へやって来てご飯作って満足していたわけだ。さぞ滑稽だっただろうよ。
逃げよう。飯田が目を覚ます前に、とっとと逃げよう。
出来るだけ音を立てないようにベッドから出る。
立ち上がる時に、かくんと下半身の力が抜けて慌てた。二度目とはいえ、セックスの過酷さには慣れられそうもない。
ブルブル震えそうな足を動かして寝室を出る。扉の向こうのリビングは、脱ぎ散らかされた衣服と、空のビンが転がっていた。
壁掛けの時計を見ると、時刻はすでに昼前だ。今日は午後から講義があるが、こんな状態で行けそうにない。
とりあえず、散らばった衣服を拾って身につけて、自分のスマホとほったらかしのリュックを持って飯田のマンションを出た。
ショックだった。
映画を観て、一緒にご飯食べて、楽しかったのに。嬉しかったのに。
飯田はこういう機会を狙っていたのかと思うと、めちゃくちゃショックで悲しかった。
もしかしたら、あのシャンパンに何か仕込んでたんじゃないかとか、そんなことすら考えてしまう。自分に記憶が無いぶん、一度疑いだすと止まらない。
頬を伝う熱い雫を拭いながら、ひたすら家路を急ぐ。
好きだと言ってくれた時の飯田の顔がよぎった。
真剣な眼差しで、俺の体質を知っても、それでも好きだと言ってくれた。
飯田にとってそれは、俺とこういうことができれば満足だったということか。なら最初から友達なんて無理だったんだ。恋人なんてなおさら無理だ。
もういい。
友達なんていらない。
こんな気持ちになるのなら、今まで通りひとりの方がいい。
ぐちゃぐちゃの頭を空っぽにしたくて、ひたすら歩くことに集中した。何も考えたくなかった。
それなのに、突然尻の間にぬるりとした感触があって、それでさらに悲しくなった。
早く帰って全部洗い流したい。
そんで自分のベッドで寝る。
明日起きたら、もう考えない。今まで通りだ。
飯田とはもう関わらない。
そう、心に固く誓った。
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