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第18話
――――――
「ただいま……」
やっとの思いで家に帰ると、珍しくシーンと静かだった。いつもは夜遅くまで賑やかなうちの家。夜は、なぜかほとんどみんながリビングにいて、一緒にドラマや映画をみたりしてすごしているので、静かだと逆に不気味に感じる。
「おかえり。遅かったじゃん」
そんなリビングに入ると、出迎えてくれたのは四女の美優 だけだった。
四姉妹の中で、一番大人しい四女は、ぐったりと疲れ切った俺の姿にギョッとした顔をした。
「どうしたの?」
座っていたソファから立ち上がり、そっと近づいて来ると、俺の顔を覗き込んでくる。それから急に、ニヤリと笑みを浮かべた。
「うわぁ…もしかして、ヤった?誰と?大学の人?あたしも知ってる人かな?」
次々に飛び出してくる質問攻撃はいつものことなので、俺はとりあえず、
「なんでわかるんだよ!?」
と言った。もしかして、顔に精液ついてる?それならとても恥ずかしい。徒歩圏内とはいえ、大学からそのまま気付かずに帰ってきたとしたら、ご近所さんに見られているかもしれない。
「ニオイ」
美優は一言そう答え、鼻をつまんで戯けて見せる。ホッとした。でも勘弁してくれ!!
「そんなイヤな顔しないでよ。とーっても美味しそうな匂いがするよ?美夜もわかるでしょ?」
「まあ、わからないこともない」
実際俺たちには、精液は甘くて美味しそうな匂いがする。あれだけぶっかけられたり、中出しされたのだから、ちょっと匂うのも当然か……
「とりあえずお風呂入ってきたら?今日、ダディとマミィはデートで、お姉ちゃんたちは仕事で遅くなるから、ゆっくり入れるよ」
「ん」
トボトボと歩き出す。美優が先回りして、お風呂に湯を張り、ふわふわのタオルを出して洗濯機の上に置いてくれた。
「あがったら話聞かせなさいよ!」
随分とやり慣れた感のあるウィンクを最後に、リビングへと戻って行く。俺が帰ってきた時に、ホラー映画を見ているようだったので、はやく続きが見たいのだろう。
お姉様、俺の話なんて、そのB級ホラー映画よりつまらないのですよ。いや、むしろ男が男に集団でレイプされるという、ある意味で恐怖体験なわけですけども。
「はぁ……」
さっさと服を脱いで風呂に入り、熱いシャワーを浴びてたっぷりの湯に浸かって、尻がヒリヒリして悲しくなった。
――――――
風呂から上がってしばらく、美優の隣に座ると、映画の終わりを待って、美優は根掘り葉掘り質問攻めにして、俺の心を抉り散らかした。
「つまり、先輩四人相手して、訳がわからなくなるくらい楽しんだら、呆れられたってこと?」
「楽しんでなんかない!」
「でも、あたしらを満足させるのって大変なんだよ?その人たちは最後まで付き合ってくれたんでしょ?」
「そう、だけど……」
こちらは完全に被害者のつもりだ。でもそういえば、事後の先輩たちの顔色を思い出すと、俺が根こそぎ搾り取ったみたいなのものだ。あげくに同情されて、心配されているのだから、姉が言う通り付き合わせてしまったのは俺の方かもしれない。
……って、おかしいな?
あんなに男とのセックスを否定していたのに、いつのまにか受け入れ始めているのは、なんでだ?
美優はキッチンであったかいココアをふたつ淹れて、ソファに戻って来るとひとつを手渡してくれた。甘ったるいココアの匂いに顔を顰めると、美優が視線で「要らないなら言えよ」と言うので、仕方なく口をつける。
四人の姉やマミィは甘党で、選ぶ菓子も作る菓子もどれも甘い。コーヒーやココアには、これでもかと砂糖を入れる。俺は昔から甘いものが苦手だったが、精液の甘さだけは麻薬のような誘惑がある。
「美夜は思考が硬いんだよ。淫魔なんだよ?気持ちいいこと大好きって思うのは本能だし、人間だって快楽には勝てないんだからさ、あたしらが変態とか淫乱とか言われても、仕方ないじゃん」
必要だから、じゃなくて、楽しいから。それではダメなの?と、美優は言った。
正直、危険思想だと思う。
「美優はずっとビッチって言われてもいいんだ?」
快楽ばかりを優先していて、健全な生活がおくれるだろうか?ムリだろ。
でも美優は、俺の思考を読んだかのようにニッコリと笑って言った。
「そこはほら、相手を選ぶのよ」
「相手?」
「そ!その時だけでもちゃんと相手してくれる人。もしくは、運命感じる相手を、選ぶの」
今までは精液だけ貰えるならと、相手を選んでいる余裕はなかった。街で出会う人たちはみんな一度きりだったし、フェラ以上には進まなかった。
運が良かったんだろう。今となってはそう思う。俺は小柄だし、大多数の男には迫られたら抵抗する術がない。飯田然り、先輩たち然りで思い知った。なのに、無防備にフェラだけさせてくれる相手を探していた。
先輩たちに至っては、俺の軽率な行動のせいで大学にイヤな噂をながされてしまった。
なるほど確かに、相手を選ぶことは重要だ。
「マミィにとってのダディみたいに、この人だ!って思える相手がいるらしいの。その人のは、とても美味しいんだって、マミィも美麗もいってた。他の人のとは、絶対的に違うんだって」
「それが運命の相手ってこと?」
「そう。生きてるうちに出会えるといいね」
美優は徐に手を伸ばして、俺の頭をヨシヨシと優しく撫でる。二十歳にもなって姉にそんなことをされるのは恥ずかしかったけど、酷い目にあった後の気持ちを幾分か和らげてくれた。
運命の相手だなんて話、信じられるほどメルヘンな頭を持っているわけではない。でも美優の言う通り、俺の頭が硬いだけかもしれないし、もしそんな相手がいたら、毎度安全な相手を探す必要はない。こんな厄介な体質ごと受け入れてくれるのなら、それに越したことはないのだ。
……そういえば。
初めて飯田のを貰った時、めちゃくちゃ甘くてビックリしたなぁ。まるでこの甘すぎて胃がムカムカするココアくらいに甘かったのに、イヤな気はしなかった。むしろちょっとクセになるような。女の人が自分へのご褒美とか言って、デパートで高いチョコレートを買う(姉たちがよくやる)気持ちが、なんとなくわかった気がしたような。
飯田か……ないわ。
俺はあの裏切りを許さない。信用し始めていたのに、酔わせて襲うなんて信じらんない。
先輩たちの非道さよりも、心を許しかけた友達だったことが俺の心に深く傷を付けた。
あと単純にセックスが優しくない。怖い。
ないわ、マジで。
などと首をフリフリして、頭に浮かんだ飯田の顔を振り払っていると、姉がとんでもないことを言い出した。
「そうだ、あたしが良さそうな人選んであげようか?」
「へ?」
まるで、世紀の大発見をしたかのように、ニンマリと笑みを浮かべる。
「大学で探した方が、いざって時便利でしょ?まかせて!あたし、男見る目はあるんだから!!」
「ちょっと待って!!いらない!!そんなことしなくていいから!!」
「遠慮しなくていいのよ?可愛い弟のためだもん。それにその先輩たちのことも気になるし、無理強いするようならあたしが追い払ってあげる!!それで、運命の相手探そう!!」
「いや、だから要らないって!!」
慌てる俺なんてまるで無視して、美優は鼻息も荒く意気込んでいる。
「明日二限からよね!?おやすみ!!」
「美優!?」
ドタドタと走って、美優はリビングを出て行った。引き止めようと掲げた右手は、虚しく宙をかいて落下した。
イヤな予感しかしない!!
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