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第20話

 飯田から無事に(飯田は無事じゃないだろうな)逃げ延びた俺は、美優とふたりカフェテリアへ戻った。  慌てて駆け込んだので、まばらにいた他の学生が不審な顔をした。 「美夜!なんなのよあんた!?貞操観念ないの!?」  荷物を置きっぱなしにしていた席に座るや、美優がプンプンと頬を膨らませて怒る。 「俺は何も悪くない!アイツが急に迫ってきて逃げられなかったんだ!」  まだバクバクと騒がしく鳴る心臓を落ち着けながら、全部飯田のせいにした。  それにしても本気で怖かった。  後ろに立っているのを鏡越しに見つけた瞬間の恐怖と言ったらない。山道を歩いていて熊に遭遇したらこんな気分になるだろうな。山と熊、夜道と不審者、トイレと飯田。そんな感じだ。 「ともかく、明日からもあたしがついててあげる。というか、心配でほっとけないよ」  明日もついてくるのかよ、と思ったが、さっきみたいなことがまたあるかもしれない。俺は美優と違って、唐辛子スプレーを吹きかけるのを躊躇った。自分が経験しているから。  その点美優は、あの痛さを知らない。どれだけ水で洗っても涙がボロボロ出るのを知らないのだ。 「いい、美夜?何かあったら、お姉ちゃんに言うのよ!?」  ここぞとばかりにアネキヅラをかます美優に、俺はため息を飲み込んで頷いた。 ――――――  四女美優の護衛のおかげか、束の間の平和が訪れていた。  トイレでの件以来、飯田は美優を見るとビクッとして離れていく、というのが何度かあった。  だけど相変わらず遠巻きに俺を見ているのは、なんとなく肌で感じていた。  そういえば、あの時飯田は、俺に何か言いたそうだったな。今更思い出しても遅いか。  俺は小さく首を振って、飯田のことは忘れることにした。  現在、美優は講義中だ。どれだけ付きっきりであっても、お互いに他学部であり、他学年でもある。美優は四年だから、最後の追い込みのように沢山の科目をとっていることもあるし。  というわけで、俺はヒマを持て余していた。 「あ、美夜ちゃん」  そこへ、なんとなく聞き覚えのある声が、ベンチに座る俺の頭上へと降ってくる。 「先輩」  一週間前に、集団で強姦してきて、あげくに同情してくれた先輩たちだ。 「あれ、最近一緒の彼女は?」  先輩たちが馴れ馴れしく話しかけてくる。あれから四人で固まって行動しているのを何度か見かけた。美優の同級生だが、学部は違うらしい。 「講義です。つか、彼女じゃねぇし」  俺はスマホに視線を落としたまま冷たく言い放った。あと、いつのまにか“美夜ちゃん”と呼ばれていることに、イラッともしたけどまあいい。  しかし先輩たちはそんなこと気にもせず、馴れ馴れしく俺を囲んで話し始めた。 「美優ちゃん、彼女じゃないんだ?」 「おれらてっきり、あの美優ちゃんもお前の毒牙にかかったんじゃないかって心配してたんだぜ」 「そうそう。美夜ちゃんは女でもいけるんだって、なぁ?」  女でも、じゃなく、女の子しか無理だったっつーの!  てか毒牙ってなんだよ? 「ん?ってことは、なにか?美夜ちゃんは美優ちゃんとどんな関係?」 「申し訳ないけど、友達になるようなタイプじゃないよな?」 「おれら同級の期待の星だぜ?」 「ゲーノージンだぜ?」  今度は不思議だなぁと先輩たちが声を上げた。ホント、失礼にもほどがある。 「先輩たちには関係ないですぅ」  本当のことを言ってもいいけど、美優の公式プロフィールには、モデルの姉二人と、アイドルの姉がいることしか書かれていない。  地味で根暗で、特段自慢できる特技もない弟もいますとは書かれていないので、俺は適当にはぐらかす。 「それより俺に何か用事ですか。ヒマなんですか。俺は見ての通り課題やったりでヒマじゃないんし消えてください」  などと言いながら、スマホの画面をスクロールする。大学の課題はネット経由で提出するものもあるので、小レポート程度ならスマホで十分できるのだ。  実際のところ、俺のスマホの画面に映っているのは可愛い猫の動画だったけど。 「猫好きなんだ?」  あれ、バレてる。 「どうせヒマなんだろ?」 「だったらちょっと付き合えよ」 「美夜ちゃんそろそろ溜まってるんじゃない?」 「おれらと暇つぶししようぜ」  顔を上げると、先輩たちのニヤニヤした顔が並んでいた。普通ならそこで、大声を出すなりして逃げるのだろう。  だけど俺は淫魔で、そういえば先輩たちとシテから一週間も経っていて、じゃあちょうどいいんじゃね?と思ってしまった。最近美優が四六時中一緒で、大学の帰りに補給できていない。  外で探す手間と危険性に気付いてしまったのもある。 「……口でならしてもいいですけど」  精一杯のイヤイヤを込めて言った。  言ってしまうとダメだった。  俺の中で、淫魔の血が確実に期待を持ったのがわかってしまった。  一回ヤッちゃってんるんだから、二回も三回も一緒だろ?と、欲求に忠実な俺が囁いた。

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