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第22話
「美夜ちゃん、美夜ちゃん!」
「ん、ぅ、ふぁ」
「そんな舐めてももう何も出ねぇよ……」
山口が呆れたように言って、俺の頭を押し除けた。俺は舌を引っ込めて、先輩のふにゃふにゃと力を無くしたちんこを舐めるのをやめた。
「相変わらずスゲェな」
「また美夜ちゃんに搾り取られた……」
などといいながら、先輩たちが後始末を始める。ウェットティッシュを出し、それで俺の顔や体をわりと優しく拭いてくれる。
「大丈夫?つらくない?」
「ん。つか、自分でできるし」
赤川からウェットティッシュを奪い取る。優しさは嬉しいが、敏感になり過ぎた体を触られるのが嫌だったからだ。
「終わったらいつも通りかよ。まあ、そこも含めて可愛いけどさ」
赤川は呆れたように笑って、俺の服をかき集めてくれた。
錦木が部室の窓を開けて換気を行う。それで、部屋中に充満していた甘い匂いが徐々に消えていく。同時にフワフワしていた気分も、匂いと一緒になくなっていく。
残ったのはただ、出し切ったあとの虚脱感と、心地の良い違和感だった。
「美夜ちゃん、講義は?」
「姉を待ってただけだから、もう帰ります」
「姉?」
部室を出ながら先輩に答えると、四人とも不思議そうな顔で首を傾げた。
「あ」
そうだ、これは言ってはいけないんだった。セックスの余韻で頭がバカになってしまったままのようだ。
「姉って、美優ちゃんのこと、だよな?」
「…はい。ってか、誰にも言わないでくださいよ。美優も他の姉も、弟がいること言ってないんで」
「へぇ…なんか納得だわ」
赤川がううんと唸って言った。
「全員美人なんだなぁ。母親似?」
「そうです。マミィがハーフなんで」
そう言うと、また先輩たちが首を傾げた。
「マミィ?」
「あっ!」
しまった!またやってしまった!
「美夜ちゃん、お母さんのことマミィって呼んでんの?」
実に興味深い、と先輩たちの表情が物語っている。恥ずかしい。なんだかセックスするより恥ずかしい。
外では出さないようにしてきたのに!!
ああ、顔が熱い。
「いいんじゃね?別に、それこそ人それぞれだし」
「そうだよなぁ。つか、可愛いとこあるよな、ほんと」
「インキャっぽいのやめて、そういうとこ出していったら友達できると思うよー」
などと好き勝手に言って、俺の頭をグリグリと撫でる先輩たち。
そんなことでまた、顔が熱くなってしまう。
最初は酷い先輩たちだと思っていたけど、だんだん絆されてきていることを自覚していた。そうなるとなんだか、先輩たちといることが嫌じゃないなんて思う。
美味しいし、気持ちいいし、実は優しいし。
「じゃあ、またな、美夜ちゃん」
部室棟を出てすぐ先輩たちとわかれた。最後にまた頭を撫でられる。
「やめろ!触んな!」
「ハハッ、セックス以外でも素直になれよ!!」
去っていく先輩たちを見送って、俺は本館の方へ向かった。スマホを確認すると、美優から鬼のように着信が来ていた。外のベンチで待ち合わせしていたから、俺がいなくて怒ってるんだろうな。
ご機嫌とりにジュースでも買って行こうか。
そう考えて、本館への道から少し逸れたところにある自販機へ向かう。
そんな急ぎ足の俺の前に、そいつはまたも突然現れた。
「さっきの、なに?」
飯田だ。自販機は目と鼻の先だが、その間を塞ぐようにヤツは現れた。というか、よく俺の居場所がわかるよな?本気でストーカーになっちゃってたらどうしよう?
「なにって?なにが?」
質問の意図がわからなくて、とりあえず聞いてみた。
飯田はじとっと目を据わらせている。怖い。とっさにポケットを弄ったけれど……唐辛子スプレーはなかった。
どこかに落としただろうか?心当たりといえば、さっき部室で服を脱ぎ散らかしたので、その時だろう。
「あの先輩たち、四年生の四人ってさ、オレもよく行くサークルイベに来てるの見たことあるけど…遊び人だって噂をよく聞くよ」
そこでさらに疑問が湧く。飯田は、いったいいつから俺たちのこと見てたんだ?
「だからなんだよ?」
「美夜はさ、オレのことは避けるのに、あの先輩たちとならそういうことするんだ?」
どうやら部室内の出来事もご存知なようだ。窓でも開いていたのかな。まあ、もう誰に知られたって、すでに変態だの淫乱だの言われているから気にならないや。
「飯田には関係ないだろ」
「関係ないよな、オレ、美夜にフラれてんだもんな……」
ショボーン。顔文字みたいな顔をした飯田は、でも、とさらに言い募る。
「あの夜はノリノリだったじゃん!!」
「……え?どの夜?」
とか言ってるけどあの夜ですよね。
「オレん家に美夜が来た日だよ。あん時、オレもちょっと酔っててさ…美夜が…好きな人が部屋に来てくれて、手料理までしてくれたのが嬉しくて、それでほんのちょっとハメを外してしまったんだ」
ほんのちょっとハメを外した結果、目が覚めたら傷だらけで、尻だけじゃなくてなんだか全身痛くて、めちゃくちゃ怖かった。あんなの、ベッドがあるだけで強姦とかわらない。
「もういい」
俺は小さく、言い放った。
「飯田の言い訳ばっか聞きたくない。だからもう付き纏うなよ!俺はな、怖かったんだ。今でもお前が怖い。だから、これ以上ストーカーみたいに突然現れるのやめてくれ!」
飯田がはっと息を呑んで、軽く右手を上げる。でもそれは、俺に伸びてくることはなくて、力無くもとの位置に戻って行った。
「あっ!美夜いた!」
そこに、タイミングよく美優が現れる。
「もー、探したんだけど!って、この前の子?またなんかされてない?」
美優は飯田に気付くや、俺を庇うようにして前に立った。飯田は美優を見ると、一瞬頬を引き攣らせて、そのまま踵を返して逃げていく。スプレー攻撃が余程効いたらしい。
「美優…大丈夫だよ。ごめん、迷惑かけて」
「いいのよ。それより、また先輩たちといた?」
「え?」
「この前と同じ匂いがする。なんだ、結局楽しんでんじゃん」
楽しんでるわけじゃないんだけど。
「次からちゃんと連絡くらいしといてね。心配なんだから、ね?」
「ん」
さて、と美優は歩き出す。早く帰ろうと、俺の手を引いて。
歩きながら、脳裏によぎるのは、飯田の傷付いた顔だった。飯田は二度も話をしようとした。あんなに必死に、いったい何を言おうとしているんだろう。
気にはなっても、どうせ俺は飯田の言葉を信じることができない。
だって、俺にはあの夜の記憶が無いから。何も覚えていないから。
何事も大事なのは結果の前の過程だと言うけれど、過程が無いまま結果だけを突きつけられた場合、どうすればいいのかわからない。
結果が最悪だったのだから、その間の過程だってきっと最悪だ。
ノリノリだったじゃん、と言われれば、尚更気にはなっても知りたいとは思わない。俺が?ノリノリ?なんで?
考えたってわからない。そういう時は考えない。
お気楽なのは自覚している。でも、そうやって自分を守ってきたのだ。性格はなかなか変わらない。
そして翌週、お気楽な俺は知るのである。
あの日の夜のことを、すっかり知ってしまうのである。
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